ネガティブ・ケイパビリティ

ネガティブ・ケイパビリティ：不確実性を受け入れる力

ネガティブ・ケイパビリティ（Negative Capability）は、19世紀のイギリスの詩人ジョン・キーツが、優れた人物、特に詩人が持つべき能力として提唱した概念です。それは、不確実な状況や、容易に解決できない問題、矛盾、神秘といったものに直面した際に、焦燥感や結論を急ぐことなく、それらをじっと受け入れ、耐え忍ぶ心のあり方を指します。日本語では、「消極的能力」「消極的受容力」「否定的能力」など、様々な訳語があてられています。

キーツはこの概念を、1817年に弟に宛てた手紙の中で初めて表明しました。彼は、偉大な人物は、全ての問題に明確な答えが出せるわけではないことを理解しており、不確かさの中に留まることができると述べています。ロマン主義者であったキーツは、想像力によって見出される真実が、他の手段では得られない神聖な真正性に触れることができると信じていました。

キーツが描いた世界

キーツは、このネガティブ・ケイパビリティの概念を、自身の多くの詩の中で探求しました。例えば、「つれなき美女」では、騎士が妖精に魅了され、現実と幻想の区別がつかなくなる様子が描かれています。また、「ナイチンゲールに寄せて」では、詩人がナイチンゲールの歌声に陶酔し、現実世界の苦しみから解放される瞬間が歌われています。「ギリシアの壺に寄せて」では、壺に描かれた永遠に続く情景を前に、人間の有限性と芸術の永遠性について考察しています。

これらの詩に共通するのは、明確な答えや解釈を提示するのではなく、曖昧さや多義性を受け入れ、読者自身の想像力に委ねる姿勢です。キーツは、ネガティブ・ケイパビリティを通じて、人間の知的好奇心や探求心を刺激し、より深い理解へと導こうとしたのではないでしょうか。

他の分野への影響

キーツのネガティブ・ケイパビリティの概念は、文学界にとどまらず、哲学や心理学など、様々な分野に影響を与えました。20世紀のアメリカの哲学者ジョン・デューイは、自身のプラグマティズム哲学に影響を与えたものとして、キーツのネガティブ・ケイパビリティを引用しました。

精神科医のウィルフレッド・ビオンは、第二次世界大戦での経験を通して、この概念を再発見し、精神分析の分野に応用しました。ビオンは、セラピストが患者の語る内容を理解しようと焦るのではなく、まずは何も考えずに受け入れることの重要性を強調しました。

現代における意義

現代社会は、情報過多で変化が激しく、予測不可能な出来事が多発します。このような状況においては、明確な答えを求めるのではなく、不確実性を受け入れ、柔軟に対応する能力がますます重要になっています。ネガティブ・ケイパビリティは、私たちが困難な状況に直面した際に、心の平静を保ち、創造的な解決策を見出すための羅針盤となるでしょう。

答えを急がず、不確実さの中に留まる勇気を持つこと。それこそが、ネガティブ・ケイパビリティが私たちに教えてくれる、最も重要なメッセージなのかもしれません。

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