ネスチン

ネスチンとは

ネスチン（Nestin）は、神経系の発生初期に見られる、神経外胚葉由来の前駆細胞、すなわち幹細胞に特異的に発現する細胞骨格タンパク質です。細胞の骨組みを構成する中間径フィラメントの一種であり、ニューロフィラメントやビメンチン、αインターネクチン、シネミンなどと同様に、IV型中間径フィラメントファミリーに分類されます（Omary MB et al, 2004）。

発現パターン

このタンパク質は、胎生期の中枢神経系が形作られる過程において、神経細胞やグリア細胞のもととなる多能性幹細胞に選択的に多く見られます。これらの幹細胞が神経細胞（ニューロン）や星状膠細胞（アストロサイト）へと成熟・分化が進むにつれて、ネスチンの発現は徐々に失われていきます。しかし、完全に消失するわけではなく、成熟した脳の一部や神経系の特定の部位、例えば海馬の歯状回など、成体神経幹細胞が存在するとされる領域でも低レベルの発現が報告されています。中枢神経系以外では、消化管の運動を制御するカハール間質細胞（interstitial cells of Cajal）や、筋肉と神経の結合部である神経筋接合部、筋肉と腱の結合部にある横紋筋細胞など、特定の非神経系細胞にもその存在が確認されています（Tsujimura T et al, 2001）。

発見の経緯

ネスチンは、胎生期の中枢神経系の発達を研究していた科学者たちによって発見されました。1980年代、コールドスプリングハーバー研究所のR.D. McKayらは、胎生期のラットの脊髄組織を免疫原として用い、特定の細胞に反応するモノクローナル抗体、Rat-401を作製しました（Hockfield S, McKay RDG, 1985）。当初、この抗体は胎生期の神経管周辺に存在する放射状グリア細胞に一時的に発現する分子を認識すると考えられ、神経細胞やグリア細胞への分化・移動を導く未分化細胞の指標として報告されました（Frederiksen K, McKay RDG, 1988）。その後、R.D. McKayがマサチューセッツ工科大学に移籍し、さらなる研究を進めた結果、このRat-401抗体が、ニューロンへ分化する前段階のほとんどの細胞で陽性を示し、これらの細胞が自己増殖能力を持つこと、そして神経系の分化が進むにつれて陽性細胞が減少することなどを突き止めました。これらの観察から、Rat-401抗体は神経外胚葉由来の幹細胞を特異的に認識するマーカーであると位置づけられました。「Neuroepithelial stem cell」（神経上皮幹細胞）にちなんで、「Nestin」と命名されたのは1990年のLendahlとMcKayによる論文です（Lendahl U et al, 1990）。

研究ツールとしてのネスチン抗体の利用

ネスチンの同定に用いられたRat-401抗体を皮切りに、その後、組換えタンパク質や合成された短いペプチドを抗原として用いるなど、様々な方法でネスチンに対する抗体が開発されました。これらの抗体は、主に免疫組織化学という手法で細胞や組織中のネスチンの存在や分布を調べるために広く使われています。特に、幹細胞生物学の研究分野においては、生体内の神経幹細胞を同定したり、培養下で神経幹細胞を維持・増殖させたりするための重要なマーカーとして利用されており、神経幹細胞を効率的に分離したり回収したりするための技術開発が精力的に進められています。

病理診断における意義

病理診断の現場においても、ネスチンに対する抗体を用いた免疫組織化学染色は、腫瘍診断、特に神経系に由来する腫瘍の診断において重要な補助診断マーカーとして利用されています。未分化神経外胚葉腫瘍、髄芽腫、膠芽腫、神経芽腫、胎児性横紋筋肉腫など、悪性度の高い腫瘍細胞でネスチンが強く発現していることが報告されています。これは、腫瘍細胞が未分化な状態に戻ってしまった（脱分化）指標として注目されており、腫瘍の悪性度（生物学的悪性度）との関連性が研究されています。また、神経細胞とグリア細胞の形成異常によってできる腫瘍様異形成病変において、その病変が幹細胞由来であることを証明するためにもネスチン抗体が用いられることがあります。ただし、研究機関や用いる抗体の種類、あるいは抗体の希釈率や染色プロトコールによって、同じ種類の腫瘍でもネスチンの陽性率や染色性が微妙に異なる場合があるため、研究論文などを参照したり、診断に利用したりする際には、使用されている抗体の詳細を確認し、結果を慎重に解釈することが重要です。神経系腫瘍以外では、消化管に発生する腫瘍である消化管間質腫瘍（GIST）でもネスチンの発現が確認されており、GISTが消化管の運動を司るカハール間質細胞から発生するという説を支持する証拠の一つとされています（Tsujimura T et al, 2001）。

生理的機能と今後の展望

ネスチンは、哺乳類の中枢神経系幹細胞において発生の一時期にのみ現れる中間径フィラメントですが、その機能は単に細胞の形を保つ細胞骨格としての役割だけにとどまらない可能性が示唆されています。例えば、核内へのシグナル伝達や、細胞の代謝機能への関与も示唆されています。近年、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患などの治療法として、幹細胞を用いた再生医療が期待されています。この分野では、治療に必要な、高い増殖能力と様々な細胞に分化する能力を持つ神経系幹細胞を、他の細胞と区別して効率的に分離・同定することが非常に重要です。ネスチンは、転写因子であるmusashi-1などと共に、神経系幹細胞を特定し、分離するためのマーカーとして活発に研究が進められています。神経再生医学の研究においても、ネスチンは神経幹細胞に特異的な分子として、今後さらに重要な役割を果たすと期待されています。

もう一度検索