ネフェルトゥム

ネフェルトゥム（ネフェルテムとも表記）は、古代エジプトにおいて崇拝された重要な神の一柱です。

名前と創世のシンボル

その名は古代エジプト語で「美しき（完璧なる）アトゥム」や「アトゥムの美しさ」と解釈されることがありますが、最も一般的には「睡蓮（ロータス）」を意味するとされています。この睡蓮は、エジプト神話において創世のシンボルとして極めて重要な役割を果たしました。特にヘルモポリスの創世神話では、原初の混沌の海「ヌン」から最初に現れたのがこの神秘的な睡蓮であり、その花が開く中から世界の創造主である太陽神（ラーやアトゥム）が誕生した、あるいはネフェルトゥムそのものが生まれたと語られています。また、睡蓮の花の中にはタマオシコガネ（フンコロガシ）が収められており、これが姿を変えてネフェルトゥムになったとする伝承もあります。睡蓮は太陽を生み出す花とされたため、古代エジプトでは神殿の聖なる池などに象徴として頻繁に植えられました。

メンフィス三神として

ネフェルトゥムは、古くから下エジプト地方で信仰を集めていた神ですが、特に新王国時代以降、当時の首都であった都市メンフィスにおいてその信仰が拡大しました。メンフィスでは、都市の主神である創造神プタハと、その恐るべき妻であり戦いと病の女神セクメトとの間に生まれた息子と位置づけられました。この父プタハ、母セクメト、そして息子ネフェルトゥムの三柱は、都市メンフィスにおける重要な神々の家族として「メンフィス三神」と呼ばれ、エジプト全土にその影響力が広まりました。

多様な役割

ネフェルトゥムは、母セクメトの役割の一部を分担すると考えられていました。セクメトが太陽神ラーに敵対する者を退ける戦いの女神であったことから、ネフェルトゥムもまたその守護的な側面を受け継ぎ、太陽神ラーの鼻孔を守護するとされました。太陽神ラーが図像において睡蓮を鼻に当てる姿で描かれることがあるのは、このネフェルトゥムによる守護の象徴であると考えられています。

また、母セクメトが疫病をもたらすと同時にそれを鎮める癒しの力も持っていたように、息子であるネフェルトゥムも同様に、人々に罰を与える力と共に癒しをもたらす力を持つと信じられていました。この癒しの側面から、自身の名の由来である睡蓮（ロータス）の実は薬として非常に重用され、神殿の医療行為などでも用いられたとされています。

さらに、ネフェルトゥムは死後の世界である冥界の裁きにも関与すると考えられていました。死者の魂が真実の羽（マアトの羽）と秤にかけられ、その生前の行いが計量される魂の計量において立ち会い、罪深いと判断された魂を切り裂く役割を担ったと伝えられています。

神像の表現

神像や浮き彫りなどの図像において、ネフェルトゥムは通常、人間の身体に威厳のある獅子の頭部を持つ姿で表現されます。その頭には、自身の名の象徴である睡蓮の花に加え、真実や秩序を示すダチョウの羽毛、そして豊穣や喜びの象徴とされる首飾り「メナト」を組み合わせた、豪華で複雑な形の冠を戴いています。これらの要素は、彼の起源、役割、そして力強さや癒しといった多様な側面を象徴しています。

ネフェルトゥムは、創世の神秘、家族の繋がり、そして現世と冥界における守護や裁きの力を持つ、エジプト神話における多面的な神格を持つ存在でした。

もう一度検索