ノウアスフィア

精神圏（ノウアスフィア）

概要

精神圏、またはノウアスフィアは、ソ連の生物地球化学者ウラジーミル・ヴェルナツキーとフランスの哲学者・イエズス会司祭ピエール・テイヤール・ド・シャルダンによって発展させられた哲学的概念です。この考え方では、地球の発展段階は、無生物によって構成される地圏、そして生命によって満たされる生物圏に続き、人類の知的な活動が主体となる新たな層へと移行すると捉えられます。ヴェルナツキーは、この精神圏を生物圏の次の段階、地球における「理知の球」と表現しました。

語源

「ノウアスフィア」という言葉は、ギリシャ語の「ヌース」（νοῦς、精神や理性）と「スフィア」（σφαῖρα、球や空間）を組み合わせた造語です。アトモスフィア（大気圏）やバイオスフィア（生物圏）といった他の地球の層を示す言葉と同様の構成となっています。

概念の成立背景

この概念の起源は一人に限定されず、特にヴェルナツキーとテイヤール・ド・シャルダンの貢献が大きいとされています。ノウアスフィアという用語は、テイヤールが1922年に発表した著作の中で初めて用いられたとされます。一方、ヴェルナツキーは、共通の知人であり哲学者であるエドゥアール・ル・ロワを通じてこの概念を知った可能性が高いと考えられています（ル・ロワ自身が最初に提唱したとする説も存在します）。ヴェルナツキーは自身の講義録で、1927年にル・ロワからノウアスフィアの概念を紹介されたことに触れ、ル・ロワとテイヤールが共に概念を探求していたことを強調しています。ヴェルナツキーはル・ロワの論考から示唆を得て、自身の専門である生物地球化学の観点から概念を再構築しました。歴史家の見方によれば、テイヤールもまたヴェルナツキーの生物地球化学に関する講義に出席しており、両者の間で相互的な影響があったと結論づけられています。

ル・ロワやテイヤールが初期には生物圏の概念を十分に認識していなかったところに、ヴェルナツキーがそれを紹介し、彼らの概念に自然科学的な基礎を与えたという見方もあります。いずれにしても、テイヤールとヴェルナツキーのノウアスフィア概念は、1875年にエドアルト・ジュースが提唱した「生物圏」の概念を基盤としています。両者は、専門分野やアプローチ、焦点は異なりましたが、自然科学の枠を超え、哲学や社会科学、進化論を取り込んだ包括的な理論体系を構築しようとした点で共通していました。また、進化には何らかの目的があるという考えを持ち、人類の活動が地球環境に対して地質学的な影響を与える可能性を指摘しました。

ヴェルナツキーとテイヤールの概念の違い

ノウアスフィアの定義については、提唱者によって異なる側面が強調されています。

ウラジーミル・ヴェルナツキーのノウアスフィア

ヴェルナツキーの理論では、ノウアスフィアは地圏（無生物の物質層）、生物圏（生命の活動層）に続く、地球の物質的・機能的な発展における必然的な第三段階として位置づけられます。生命の誕生が地球の地質や環境を根本的に変えたように、人類に知性が備わったことで生物圏が大きく変容すると考えました。彼にとってノウアスフィアは、人類が核エネルギーの利用など、自然界にはない方法で物質を変換・創造し始めた時点で顕現する層でした。この考え方は、地球全体を一つの意識体として捉える地球意識計画などとも関連付けられることがあります。

ピエール・テイヤール・ド・シャルダンのノウアスフィア

テイヤールは、進化のプロセスを生命体の複雑性や意識のレベルが増大していく過程として捉えました。彼にとってのノウアスフィアは、進化が進む中で生じた複雑性や意識の成長が、地球を取り巻く「思考の球」として現れたものです。物理的な層である重圏、岩圏、水圏、大気圏、そして生物圏と同様に、ノウアスフィアもまた自然の一部であると見なされました。法律や教育、宗教、科学研究、産業、技術体系といった社会現象は、生物学的な進化の到達点としてノウアスフィアに含まれると考えられます。つまり、ノウアスフィアは人間の心の相互作用によって構築され、人類が集団として組織化され、地球上での活動が進むにつれて共に成長していくと捉えられました。テイヤールは、ノウアスフィアがさらに個々の主体性が強まりつつも全体として統合されていく方向へ進化すると主張し、キリスト教の愛をこの心の進化（ヌージェネシス）の主要な推進力と見なしました。この進化は、彼が終末論的なキリストの再臨と結びつけたオメガポイント（思考や意識の究極点）で最高潮に達すると考えました。

進化論的視点

ノウアスフィア概念の根幹には、進化に関する深い考察があります。哲学者アンリ・ベルクソンは、その著書『創造的進化』で、進化が単なるダーウィンの自然淘汰だけでは説明できない、生命の根源的な力による「創造的」な性質を持つと提唱しました。これを発展させたC. ロイド・モーガンは「創発的進化」という概念を詳細に論じ、特に心の進化のような生命体における複雑性の増大に伴う重要な変化は、過去の進化と連続性が少なく、段階的なプロセスではなく、まるで「飛び抜ける」ように発生すると示唆しました。これは、生物の進化が比較的短い期間に急激に起こる時期があるとする断続平衡説にも通じる考え方です。また、言語を含む人間文化の複雑化は、生物学的進化よりもはるかに速い速度での文化的進化をもたらしました。近年、人類が地球の生態系や生物圏に及ぼす影響への理解が深まるにつれて、持続可能性や、文化と生物の両方の進化が調和する「共進化」といった概念が注目されていますが、これらもノウアスフィア的な視点と関連付けられることがあります。

現代における位置づけ

ノウアスフィアの理論は、現状では科学的に実証されたものではなく、哲学的な概念として捉えられることが多いです。しかし、現代においては、インターネットの普及によって地球規模で情報や知識が蓄積・共有される状況を比喩的に表現する際に用いられることがあります。また、オープンソースソフトウェアの活動家エリック・レイモンドが著書『ノウアスフィアの開墾』で概念を取り上げたことや、日本の人気小説『ログ・ホライズン』でゲームの拡張パック名として登場するなど、大衆文化の中で言及されることもあります。

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