ハイゲイト墓地

イギリスの首都ロンドン北部、ハイゲート地区に位置するハイゲイト墓地は、19世紀に計画され、「華麗なる七つ」と称される大規模墓地群の一つとして知られています。当時のロンドンでは、市内の教会付属墓地が過密化し、衛生面で深刻な問題を抱えていました。こうした状況を改善し、都市の拡大に対応するため、郊外に近代的な墓地を設ける必要が生じたのです。建築家であり起業家でもあったスティーブ・ゲアリイの設計により、1839年にこの墓地の西区画が一般に開かれました。

ハイゲイト墓地は、開設当初からロンドンにおける埋葬地の最先端として注目を集めました。特にヴィクトリア朝時代には、死に対するヴィクトリア朝特有の感性や畏敬の念を背景に、多くの富裕層が競って壮麗なゴシック様式の墓碑や霊廟を建立しました。墓地はハイゲイトの丘の頂上からやや下った美しい南斜面に広がり、かつてダートマス公園の一部だったワーテルロー公園に隣接する静穏な環境にあります。その荘厳な雰囲気は多くの人々を惹きつけ、訪問者の絶えない場所となりました。埋葬需要の増加に対応するため、1865年にはスワインス・レーンを挟んで東側に新たな区画が増設されました。現在も、この東西両区画で埋葬や火葬が行われています。

墓地の景観は、あたかも手つかずの原生林の中に墓石が点在しているかのような独特の雰囲気を持っています。敷地の大部分は豊かな灌木や野草に覆われ、多様な鳥類やキツネなどの野生動物が生息しており、都会の喧騒から離れた静寂に包まれています。中でも特筆すべきは、「エジプト街」と「レバノン回廊」と呼ばれるエリアです。「エジプト街」は古代エジプトを彷彿とさせる円柱や門、オベリスクが並び、「レバノン回廊」には樹齢を経たレバノン杉の巨木がアーチのように枝を広げています。これらの特徴的な建造物や小径は、斜面に沿って配置され、訪れる人々に強い印象を与えます。歴史的に特に重要なヴィクトリア朝時代の霊廟や精巧な墓石が多く残る旧区画（西区画）は、文化財保護の観点から、現在は予約制の案内付き団体ツアーでしか見学できません。一方、ヴィクトリア朝期の墓と近代的なデザインの墓が混在する新区画（東区画）は、比較的自由に見て回ることができます。

ハイゲイト墓地内の主要な構造物やエリアは、その歴史的・建築的価値が認められ、一級建築文化財として登録されています。これには、世界的に影響を与えた哲学者カール・マルクスの墓、前述の「エジプト街」、そして遺骨を収蔵する納骨堂が含まれます。墓地への公共交通機関でのアクセスは、ロンドン地下鉄のノーザン線アーチウェイ駅が最寄りとなります。

また、ハイゲイト墓地は、その長い歴史と独特の雰囲気から、しばしば超常現象の舞台としても語られてきました。中でも「ハイゲイト吸血鬼」の伝説は広く知られています。近代においては、1970年 1月18日に、カール・マルクスの墓が爆弾によって損傷を受けるという事件が発生しました。この際、マルクスの胸像の一部が破壊され、台座にはナチスの鍵十字が落書きされましたが、その後修復されています。

ハイゲイト墓地には、カール・マルクスをはじめとする、学術、芸術、文学、政治、科学など様々な分野で功績を残した数多くの著名人が埋葬されています。東区画にあるマルクスの墓は、その思想を信奉する人々や歴史に関心を持つ人々に広く知られ、多くの訪問者が訪れます。その他にも、以下の人々がここに眠っています。

- ダグラス・アダムズ（小説家、『銀河ヒッチハイク・ガイド』著者）
- ジョージ・エリオット（小説家）
- マイケル・ファラデー（科学者、物理学者）
- クリスティーナ・ロセッティ（詩人）
- ウィリアム・ミカエル・ロセッティ（画家、ラファエル前派創始者の一人）
- アレクサンドル・リトビネンコ（ロシア元諜報員）
- ハーバート・スペンサー（社会学者）
- ラドクリフ・ホール（作家）
- ジェイコブ・ブロノフスキー（科学者）
- マンスール・ヘクマト（共産主義指導者）
- アダム・ワース（犯罪者、モリアーティ教授のモデルとされる）

その歴史、自然、そして著名な埋葬者たちの存在が融合したハイゲイト墓地は、単なる静寂の場所にとどまらず、イギリスの社会や文化の変遷を物語る貴重な文化的空間となっています。また、そのミステリアスな雰囲気から、いくつかの小説やメディア作品の舞台としても描かれています。歴史に思いを馳せ、豊かな自然の中で静かに過ごしたい人々にとって、ハイゲイト墓地は訪れる価値のある場所と言えるでしょう。

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