ハイスタンダード HDM

ハイスタンダードHDM：OSSの影に潜む消音拳銃

第二次世界大戦中、アメリカ戦略情報局（OSS）が秘密裏に使用した拳銃、ハイスタンダードHDM（High Standard HDM）。一体型消音器を備えたこの拳銃は、その高い隠密性から、数々の極秘作戦を支えました。本稿では、HDMの開発から運用、設計、そして戦後の歴史までを詳細に解説します。

開発と採用：戦争の影で生まれた秘密兵器

HDMの原型は、ハイスタンダード社製のモデルHDピストルです。イギリス特殊作戦執行部（SOE）が1939年、第二次世界大戦勃発直後からハイスタンダード社のピストルを導入し、消音器付きへの改造を進めていたことが、HDM開発の背景にあります。アメリカ陸軍省も1942年からハイスタンダード製ピストルを調達し始め、その需要に応える形でモデルHDが開発されました。

OSSは1943年、SOEと同様の消音ピストルをハイスタンダード社に要請。ベル研究所の協力のもと、一体型消音器を備えたモデルHD M/S（Military/Silenced）が開発されました。「衝撃試験機材」というコードネームの下、秘密裏に製造されたHDMは、その高い消音性能からOSSのエージェント達の間で高い評価を受けました。開発にあたり、ハイスタンダード社はM1カービン用消音器の設計実験も行っていました。

1943年11月には、1500丁のHDM生産契約が締結されます。ウィリアム・ドノバンOSS長官は、ルーズベルト大統領にHDMをデモンストレーションしたという逸話も残っています。大統領執務室で、気づかれることなく射撃を行い、その性能をアピールしたのです。

運用：世界各地の戦場で活躍

1944年1月、最初のHDM 503丁が出荷されました。その後、ヨーロッパ、地中海、極東戦線へと広く配備され、CIAや特殊部隊といった組織でも使用されました。ベトナム戦争においても、CIAや特殊部隊、またCIAが関与する秘密工作任務に従事する米軍人らに支給された記録が残っています。

特に有名なのは、U-2撃墜事件での使用です。1960年5月1日、ソ連領空で撃墜されたU-2パイロット、フランシス・ゲーリー・パワーズの所持品の中にHDMが含まれており、その後モスクワのルビャンカ刑務所博物館に収蔵されました。2001年時点においても、アメリカ海兵隊武装偵察部隊第1中隊が少数のHDMを保有していたという記録もあります。

設計：高い消音性能を誇る精密機械

HDMは、スライドロック機構によって銃の動作音を抑え、銃身から消音器内部へと排出される燃焼ガスを冷却するための機構を備えています。消音器内部には亜鉛メッキ青銅製メッシュヒートシンクと真鍮/青銅のワイヤースクリーンが用いられ、射撃音を20デシベル程度にまで低減しました。

OSSのエージェント達は、消音効果を高めるため、消音器の空間に水やシェービングクリームを満たし、銃口をテープで塞ぐ手法を用いたと言われています。使用弾薬は、ハーグ陸戦条約に抵触する可能性を回避するため、フルメタルジャケットの.22ロングライフル弾が採用されました。ただし、.380口径モデルの試作も行われており、終戦までに1丁のみがOSSに引き渡されたとされています。

HDMは、その高い消音性能とコンパクトな設計から、OSSの秘密工作に大きく貢献したと言えるでしょう。現在でも、その高い完成度と歴史的価値から、多くのコレクターや歴史研究者たちの関心を集めています。

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