ハテナ (生物)

ハテナ (Hatena arenicola)

ハテナ（学名：Hatena arenicola）は、特異な生態と細胞分裂様式が注目を集める微生物です。2005年に日本の研究者、井上勲教授（筑波大学）と岡本典子特別研究員らによって、日本の砂浜で採取された砂の中から発見されました。属名の「ハテナ」は、その奇妙な特徴から研究室で「ハテナ虫」と呼ばれていた愛称に由来します。種小名のarenicolaはラテン語で「砂の中に住むもの」を意味し、発見者の一人である岡本氏によって名付けられました。

生態

ハテナは、カタブレファリス類に属する鞭毛虫の一種です。細胞内に緑色の構造を持ち、これは植物の葉緑体と同様に光合成を行う細胞内共生体であることが確認されています。この共生体は、プラシノ藻類のNephroselmisの一種が宿主細胞に取り込まれたものです。興味深い点として、細胞内に取り込まれた後も共生体は自身の核を保持しています。

共生体は、独立した藻類であった頃と比較して形態的な変化が見られます。ミトコンドリアやゴルジ体、基底小体といった構造は退化する傾向にある一方、光合成機能に関わる葉緑体は拡大し、ピレノイド（葉緑体内のCO2濃縮部位）の数が増加するなど、光合成器官としての機能特化が進んでいます。これは、共生体が独立栄養生物から宿主細胞内の器官へと移行する過程にあることを示唆しています。

ハテナの最も特異な特徴は、その細胞分裂様式にあります。一般的な真核生物の細胞分裂では、細胞内の器官（葉緑体など）も増殖・分配され、娘細胞は母細胞と同様の構成を引き継ぎます。しかし、ハテナは分裂時に、細胞内に存在する唯一の共生体が片方の娘細胞にのみ受け渡され、もう片方の娘細胞は共生体を持たずに生まれます。共生体は決まって、腹面から見て右側の娘細胞に入ることが観察されています。

共生体を失い無色になった娘細胞は、一時的に従属栄養性（捕食性）を示すことが知られています。実際に、実験下で単独の藻類を与えると、これを取り込む様子が確認されました。この観察から、無色になった細胞は外部から新たな藻類を獲得し、それを細胞内共生体へと転換させる能力を持つと考えられています。

ただし、実験に用いられた藻類はハテナの本来の共生体であるNephroselmisとは別の種であり、自然界で無色細胞がどのようにしてNephroselmisを取り込み、安定した細胞内共生体へと変化させるのか、その詳細なメカニズムについては、依然として多くの謎が残されています。しかし、自然環境下で採取されるハテナの個体は、大半が緑色（共生体保持）であり、少数の無色個体も確認されることから、共生体を持たない個体が何らかの方法で共生体を再獲得していることは確実視されています。

生物学上の重要性

ハテナは、真核生物における葉緑体の進化、特に細胞内共生（endosymbiosis）の過程を理解する上で極めて重要な示唆を与えます。地球上のほとんどの葉緑体は、かつて独立したシアノバクテリア（一次共生）や、他の真核藻類（二次共生など）が宿主細胞に取り込まれ、細胞内共生体となったものと考えられています。通常の藻類では細胞分裂時に葉緑体も協調的に分裂・分配されるのに対し、ハテナでは共生体の分配が偏る現象が見られます。

これは、共生体と宿主細胞が完全に統合されていない、細胞内共生が安定的に確立する過程にあることを示唆しており、細胞内共生体と宿主の間に生じる様々な問題（例えば、共生体の分裂同期や分配メカニズムの進化）を具体的に研究するためのモデルとなり得ます。ハテナの研究から、葉緑体が宿主細胞内に定着し、細胞分裂を通して安定的に分配されるようになる進化的な道筋について、重要な知見が得られることが期待されています。

また、共生体を持たない無色個体が外部から藻類を取り込み、それを共生体へと変化させるメカニズムが解明されれば、従属栄養性の生物が短期間のうちに（世代を跨がずに）独立栄養性へと形質を変化させる可能性や、藻類の細胞内取り込みから共生体化に至る具体的な過程について、理解が進む可能性があります。ハテナは、原生動物が二次共生によって藻類化する現象を研究するための、ユニークなモデル生物として位置づけられています。

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