ハバネラ (サン＝サーンス)

サン=サーンス：ハバネラ 作品83

カミーユ・サン=サーンス（Camille Saint-Saëns, 1835-1921）が作曲した『ハバネラ』作品83は、ヴァイオリンと管弦楽のために書かれた単一楽章の楽曲です。サン=サーンスの数あるヴァイオリン協奏的作品の中でも特に人気が高く、そのエキゾチックな雰囲気と華麗な技巧で知られています。

概要

この作品の着想は、1885年に遡ります。サン=サーンスは当時、著名なヴァイオリニストであったラファエル・ディアズ・アルベルティーニ（Rafael Díaz Albertini, 1857-1928）と共に演奏旅行を行っていました。初冬のフランス北西部、ブレストに滞在中、悪天候に見舞われホテルに足止めされた際、暖炉の燃える火を眺めながら作曲のアイデアが閃いたと言われています。アルベルティーニがキューバ出身であったことが、キューバ起源のダンスリズムである「ハバネラ」を着想の源泉とする決定的な要素となりました。

構想から数年後の1887年に作品は完成し、ブレストでの旅の思い出、そしてアルベルティーニへの敬意を示す形で彼に献呈されました。初演は、完成からやや間を置いて1894年1月7日、パリのコンセール・コロンヌ定期演奏会にて行われました。この時の独奏を務めたのは、ベルギー出身の著名なヴァイオリニスト、ピエール・マルシック（Martin Pierre Marsick, 1847-1924）でした。

サン=サーンスは当初、ヴァイオリンとピアノのための作品としてこの曲を構想していたため、ピアノ伴奏版と管弦楽伴奏版はほぼ同時期に作曲されました。今日においても、管弦楽伴奏版に加えてピアノ伴奏版もコンサートやリサイタルで頻繁に演奏されています。

楽曲構成

作品は「アレグレット・エ・ルジンギエロ（Allegretto e lusinghiero）」、すなわち「やや速く、魅力的に、甘く」と指示された速度で開始され、主要部分は2/4拍子、ホ長調で書かれています。全曲を通しての演奏時間は約9分程度です。

楽曲の中心をなすのは、ハバネラ特有のリズムパターンに乗って提示される3つの主要な主題です。まず提示される第1主題は、耳に残りやすい、甘美でどこか民謡を思わせるような旋律です。この旋律は、ハバネラのリズムから一時的に離れた、ヴァイオリンの華麗な技巧を駆使した挿入句によって中断されます。その後、第2主題が登場します。この主題は、一転して哀愁を帯び、深く嘆くようなメランコリックな雰囲気をまとっています。

続いて現れる第3主題は、拍子が4/4拍子に変化し、ヴァイオリンによって息の長い、情感豊かな詠嘆調で歌われます。これら3つの個性的な主題が、形、音程、そしてヴァイオリンの動きを様々に変化させながら展開されていきます。終盤近くには、一般的な協奏曲におけるカデンツァに代わる、印象的な場面が用意されています。ここでは独奏ヴァイオリンが無伴奏となり、ハバネラのリズムの原型を劇的に奏でます。

独奏ヴァイオリンパートは、非常に高度な演奏技術が要求されるパッセージで満たされています。高速なテンポでの重音奏法（ダブル・ストップ）、デリケートな響きのハーモニクスを用いた旋律、複数の弦を同時に滑らせる重音のグリッサンドなど、ヴァイオリンの持つ表現力とヴィルトゥオジティを極限まで引き出すための技巧が惜しみなく用いられています。

楽器編成

独奏ヴァイオリンに加えて、以下の楽器で編成されています。

フルート2
オーボエ2
クラリネット（A管）2
ファゴット2
ホルン2
トランペット2
ティンパニ
弦五部（第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）

サン=サーンスの『ハバネラ』は、その異国情緒あふれるリズムと、ヴァイオリンの技巧的な魅力、そして流麗な旋律によって、今日も多くのヴァイオリニストや聴衆に愛され続けています。

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