ハマースミス (吹奏楽曲)

ハマースミス 吹奏楽のための前奏曲とスケルツォ 作品52

概要

グスターヴ・ホルストが1930年に作曲した吹奏楽曲、作品52『ハマースミス』。演奏時間は約13分です。有名な組曲第1番・第2番を除けば、ホルストが最初から吹奏楽のために書いた唯一の原典作品であり、彼の最晩年を代表する重要な傑作の一つとして位置づけられています。後に作曲者自身により管弦楽版にも編曲されました。

作曲の背景

本作は1930年、英国放送協会（BBC）からの委嘱により生まれました。当時BBCは自局のプロ吹奏楽団のための新たなレパートリーを求めており、ホルストにとってこれは初めてプロフェッショナルな吹奏楽団のために書く機会となりました。初期のアマチュア向け作品とは一線を画す、高い技術水準と音楽的内容が追求されています。作曲時期は吹奏楽のための組曲第2番から約19年後、ホルストの晩年にあたります。

題名「ハマースミス」について

作品の題名は、ロンドン西部のテムズ川沿いにあるハマースミス地区に由来します。この地はホルストにとって個人的にゆかりが深く、学生時代に参加したウィリアム・モリス主宰の社会主義同盟の拠点があったこと、そして長年音楽教師を務めたセント・ポール女学校があった場所です。楽譜はハマースミス在住の作家アラン・ハーバート（A. P. Herbert）に献呈されています。しかし、この具体的な地名が楽曲内容とどのように結びつくのかは明確ではありません。娘のイモージェン・ホルストは、この作品について「人口過剰なロンドンの中心（ハマースミス）にあって、ホルストは1927年の管弦楽曲『エグドン・ヒース』に見られるような静寂さを見出した」と評しており、単なる情景描写に留まらない、より内面的な世界観を表現している可能性を示唆しています。

初演とその後の受容

吹奏楽版の初演は、作曲から約2年後の1932年4月17日、アメリカ合衆国のワシントンD.C.にあるコンスティテューションホールで行われました。これは全米吹奏楽指導者協会（American Bandmasters Association）の大会における演奏であり、アメリカ海兵隊バンドが務めました。本来はホルスト自身が指揮する予定でしたが、健康上の理由により断念せざるを得ませんでした。
この初演後、驚くことに作品は22年間もの長きにわたり演奏されず、楽譜も未出版の状態が続きました。文字通り忘れ去られていた本作が再び陽の目を見たのは1954年。ホルストの娘であるイモージェンが、父の残したスコアの原稿を再発見しました。この原稿をもとに、音楽学者のロバート・カントリック（Robert Cantrick）が楽譜を復元。同年4月14日、ピッツバーグのカーネギー音楽ホールにて、カーネギー工科大学（現在のカーネギーメロン大学）の吹奏楽団によって「再演」されました。この蘇演を機に、本作は吹奏楽界の重要なレパートリーとして認識されるようになります。
一方、管弦楽版は吹奏楽版より早い1931年11月25日に、ロンドンのクイーンズホールでBBC交響楽団（指揮：エイドリアン・ボールト）によって初演されています。この管弦楽版は単なる移調や楽器置き換えではなく、吹奏楽版とは一部内容が異なります。

楽曲構成

この作品は、題名の通り「前奏曲」と「スケルツォ」の2つの部分から構成されていますが、切れ目なく演奏されます。

前奏曲 (Prelude)

ポコ・アダージョ、4分の2拍子で始まります。低音金管楽器とホルンが奏でる神秘的で深遠な響きに、やがて木管楽器が加わります。注目すべきは、伴奏がヘ短調のオスティナートを繰り返す一方で、旋律がホ長調で提示されるという、多調的な手法が用いられている点です。音楽は静かに進行しますが、速度を増し、スケルツォへ移行します。

スケルツォ (Scherzo)

ポコ・ヴィヴァーチェ、4分の2拍子に移行し、活気あるフーガが開始されます。主題は様々な楽器に引き継がれていきます。このフーガが発展する中で、今度は6分の8拍子の軽快なジグ風の主題が登場し、フーガ主題と対位法的に組み合わされます。音楽は一度大きな盛り上がりを見せた後、突如として静まり、テンポが3分の4拍子に変わります。ここで、先に登場したジグの主題が変形された形で現れ、その背後ではフーガの主題がピアニッシモで再び姿を見せます。
曲の中間部には、レント、3分の2拍子による木管楽器を中心とした短い部分が挟まれます。
その後、再びヴィヴァーチェに戻り、フーガの主題を中心に展開しますが、突然中断されます。
最後に、冒頭のポコ・アダージョ、4分の2拍子に戻り、ピアニッシモのタムタムの一撃とともに、低音金管楽器による前奏曲のオスティナートが再現されます。これまでに登場した様々な主題の断片が回想される中、音楽は静かに、そして内省的に幕を閉じます。

結び

『ハマースミス』は、ホルストが吹奏楽という編成の可能性を深く探求した、晩年の到達点とも言える作品です。都会の喧騒と内面的な静寂、複雑な対位法と叙情的な旋律が交錯する独特の音楽世界は、多くの聴衆や奏者を魅了し続けています。長らく忘れられていた時代を経て、今では世界中の吹奏楽団によって頻繁に演奏される定番レパートリーとなっています。

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