ハラフシグモ科

ハラフシグモ科 (Liphistiidae)

ハラフシグモ科は、クモ目の中でも特に原始的な特徴を色濃く残すグループです。腹部には体節の痕跡が明瞭に見られ、糸疣の位置や形状も独特であることから、分類学上重要な位置を占めています。

概説

ハラフシグモ科は、日本のキムラグモなどを含むグループで、東南アジアから東アジアにかけて分布しています。腹部の体節の痕跡に加え、糸疣が付属肢に由来することを示す特徴を持ちます。これらの特徴から、現生のクモ目の中では独自のハラフシグモ亜目を構成し、「生きた化石」として分類学上、非常に重視されています。

生活様式は地中性で、トタテグモに似た巣穴を掘って生活しますが、巣穴は比較的粗末です。また、著しい地方変異を示すことが知られています。

特徴

外見はトタテグモ類に似ており、丸い腹部と頑丈な歩脚、歩脚と区別しにくい触肢を持ちます。体長は7mmから40mm程度で、黄色、褐色、黒褐色などの体色をしています。雌雄の形態的な差はあまりありません。

頭胸部はやや縦長で楕円形をしており、頭部は盛り上がっています。その中央前方に8個の眼が集中しています。顎は太く短く、頑丈です。胸板は幅が非常に狭いです。

4対の歩脚はほぼ同じ長さで、頑丈に発達しています。雌の触肢はやや短いですが、外見上は歩脚と変わりません。雄の触肢には交接のための複雑な触肢器官が発達しています。

腹部は楕円形で、背面には体節に対応する背板が並んでいます。腹面でも糸疣のある区画の前後で体節の区切りがはっきりと見られます。前方には2対の書肺があり、その間に生殖孔が開きます。後端には肛門があります。

糸疣

最も特徴的なのは糸疣です。他のクモ類では糸疣は腹部後端にありますが、ハラフシグモ科では腹部中央に位置します。具体的には、腹部の第4、第5節にそれぞれ2対ずつ、合計4対の糸疣があります。外側の糸疣は大きく、先端が複数の節に分かれています。ただし、キムラグモ亜科の種では、第5節の内側の対が癒合し、3対+1という構成になっています。

この特徴的な糸疣の配置は、糸疣が付属肢に由来することを示すと考えられています。他のクモ類における外疣、中疣、後疣は、それぞれ第4節外側、第5節内側、第5節外側の糸疣に対応すると考えられています。

習性

ハラフシグモ科は地中性で、土の斜面に垂直に穴を掘り、巣穴の中で生活します。巣穴は湿った地面に掘られ、内部は湿度が高く保たれています。穴の入り口には、円形で片側だけ繋がった扉があります。これはトタテグモ類と同様の構造です。キムラグモ属では入り口に扉があるだけですが、ハラフシグモ亜科のクモは、入り口から放射状に伸びる受信糸を張り巡らせます。この受信糸に昆虫などが触れると、クモに獲物の接近が伝わる仕組みです。クモは巣穴の入り口付近に潜み、獲物が近づくと飛び出して捕獲し、巣穴に持ち込みます。

巣の入り口の扉は糸で作られており、内側は白いですが、外側には土などが付着しているため、周囲の地面と区別がつきにくくなっています。巣穴の内側にも糸が張られていますが、トタテグモ類のように巣穴全体を裏打ちするのではなく、入り口付近のみに限られています。

夏から秋にかけて雄は成熟し、雌の住居を探して交尾を行います。雌は巣の奥に蓋のついた椀型の卵嚢を作ります。

分布

ハラフシグモ科は2亜科6属に分類され、それぞれの分布域はほぼ分離しています。ハラフシグモ亜科は、ミャンマーからインドシナ半島、マレー半島、スマトラ島に分布します。

キムラグモ亜科は、日本、中国、ベトナムに分布します。キムラグモ属は九州から中琉球、オキナワキムラグモ属は中琉球から南琉球、Abcanthelaは中国西部、Songthelaは中国東部、Vinathelaは中国南部に分布しており、分布域は重複する部分もありますが、ほぼ分かれています。日本のキムラグモは、かつては単一種と考えられていましたが、地域によって種分化が起こっていることが知られています。キムラグモ類の分布パターンから、台湾にも分布する可能性が指摘されていますが、現在まで発見されていません。

系統と分類

ハラフシグモ科は、クモ類の中で最も原始的な特徴を持つと考えられています。2対の書肺や歩脚と触肢の分化が不明瞭な点はトタテグモ亜目と共通しますが、腹部の体節の痕跡や付属肢に由来する糸疣の状態は、ハラフシグモ科に特有のものです。古生代のデボン紀から石炭紀にかけての初期のクモ類の化石には、ハラフシグモ科と共通する特徴が見られます。そのため、ハラフシグモ科のクモは「生きた化石」とも呼ばれています。

このような特徴から、ハラフシグモ科は他の全てのクモ類と対置され、ハラフシグモ亜目 Mesothelae を構成します。系統樹では、クモ目の中で最も基部に位置づけられています。この亜目は中疣類とも呼ばれ、これは糸疣が腹部下面の中央にあることに由来します。かつては古疣類 Archaeothelae と呼ばれていました。

かつては、糸疣を4対8個持つものをハラフシグモ科、7個の糸疣を持つものをキムラグモ科としていましたが、現在では両者をハラフシグモ科に含め、それぞれを亜科として扱っています。

ハラフシグモ亜科には1属47種、キムラグモ亜科には5属32種が知られています。日本からは、オキナワキムラグモ属に7種、キムラグモ属に9種が記載されています。

Liphistiidae ハラフシグモ科

Liphistiinae ハラフシグモ亜科
Liphistius ハラフシグモ属
Heptathelinae キムラグモ亜科
Abcanthela
Heptathela キムラグモ属：キムラグモ
Ryuthela オキナワキムラグモ属
Songthela
Vinathela

参考文献

小野展嗣編著、『日本産クモ類』、(2009)、東海大学出版会
新海栄一、『日本のクモ』,(2006),文一総合出版
内田亨監修『動物系統[分類学]第7巻(中A) 節足動物(IIa)』,(1966),中山書店
Ono Hirotsugu, 2000, Zoogeographic and Taxonomic Notes on Spiders of the Subfamily Heptathelinae (Araneae, Mesothelae, Liphistiidae). Mem.Natn.Sci. Mus., Tokyo,(33),p.145-151

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