ハロルド・バッド

アメリカ合衆国の作曲家でありピアニストであったハロルド・バッド（Harold Budd, 1936年 5月24日 - 2020年 12月8日）は、主にアンビエントミュージックやミニマリズムといった分野で、その独自の音世界を築き上げました。彼の作品は、静謐さ、空間性、そして夢幻的な響きを特徴としています。

幼少期とキャリアの始まり

カリフォルニア州ロサンゼルスに生まれたハロルド・バッドは、その幼少期を広大なモハーベ砂漠の自然の中で過ごしました。この時期の経験は、後の彼の音楽的な感性に深く根ざしていると言われます。特に、電話線に吹き付ける風が立てる独特の音に幼い頃から興味を持っていたというエピソードは、その後の環境音への傾倒を示唆しています。

作曲家としてのキャリアを本格的にスタートさせたのは1962年のこと。その後数年間で、彼は地元の前衛音楽コミュニティにおいて高い評価を得るようになります。学業面では、1966年に南カリフォルニア大学の作曲コースを卒業しました。

スタイルの探求と変化

大学卒業後、ハロルド・バッドの音楽スタイルは次第にミニマリスト的な手法へと変貌していきます。初期の実験的な作品として、「Coeur d'Orr」や「Oak of the Golden Dream」といった作品が挙げられます。特に「Oak of the Golden Dream」では、バリ島の伝統的なスレンドロ音階を取り入れるなど、ユニークな試みを行っています。しかし、長大なソロ曲「Lirio」の制作を経て、彼はミニマリズムや既存の前衛音楽の手法に対する限界を感じるようになります。1970年、彼は一時的に作曲活動から距離を置き、カリフォルニア芸術大学で教職に就きました。ここでは、ダニエル・レンツ、ジーン・ボーウェン、ジェームズ・テニー、ジョン・ボールデサリーといった、異なる分野の才能を持つ同僚たちと交流を深めました。

作曲家としての復帰と新たな展開

2年後の1972年、彼は教職を継続しながら作曲家としての活動を再開します。1972年から1975年にかけて制作された一連の作品群は、後にアルバム『The Pavilion of Dreams』（夢のパヴィリオン）としてまとめられます。これらの作品は、当時のポピュラー・ジャズと前衛音楽の手法を融合させた、従来の枠にとらわれないスタイルを持っていました。

キャリアにおける大きな転機となったのは1976年です。彼は大学での教職を辞し、これらの新しい作品のレコーディングに着手します。この時のプロデューサーは、アンビエントミュージックというジャンルを確立しつつあったイギリスの音楽家、ブライアン・イーノでした。

アンビエントへの傾倒と確立されたスタイル

1978年、ブライアン・イーノ主宰のレーベル「オブスキュア・レコード」からリリースされた『ザ・パヴィリオン・オブ・ドリームス』は、彼の名を広く知らしめることになります。この成功を足がかりに、ハロルド・バッドはアンビエントミュージックのスタイルを深く掘り下げていきます。特にブライアン・イーノとの共作アルバム『アンビエント2／ザ・プラトウ・オブ・ミラー』（1980年）や、さらにダニエル・ラノワも参加した『パール』（1984年）といった作品は、彼の代表作となり、彼の音楽の代名詞とも言える、静かで空間的な、浮遊感あふれる独特のピアノスタイルが確立されました。

その後の活動と多様なコラボレーション

確立されたスタイルを基盤としながらも、彼はその後も音楽的な探求を続けました。アルバム『ラブリー・サンダー』（1986年）では、シンクラヴィアなどの機材を用いた精緻な電子音響のテクスチャーを取り入れ、表現の幅を広げました。また、コクトー・ツインズ、アンディ・パートリッジ、エクトル・ザズー、ジョン・フォックス、ロビン・ガスリーなど、多様なジャンルのアーティストとの活発なコラボレーションは、彼の音楽世界の広がりを示しています。特にコクトー・ツインズとの共作アルバム『ムーン・アンド・メロディーズ』（1986年）は、双方のファンから大きな支持を得ました。キャリア初期のミニマリスト的アプローチへの回帰が見られる2000年のアルバム『The Room』など、常に進化を続ける姿勢を見せました。また、カリフォルニア芸術大学時代の同僚であったジーン・ボーウェンと共に自主レーベルCantil Recordsを設立するなど、自身の音楽発表の場も積極的に開拓しました。

晩年

晩年も精力的に創作活動を続けていましたが、2020年 12月8日、COVID-19による合併症のため、84歳でその生涯を終えました。ハロルド・バッドが生み出した静謐で心象風景のようなサウンドは、アンビエントミュージックの発展に多大な貢献を果たし、今なお世界中の多くのリスナーに影響を与え続けています。

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