ハーケン (登山用品)

ハーケンとは

ハーケンは、登山において岩壁の割れ目（クラック）に打ち込んで使用する、鉤状の金属製用具です。ドイツ語の「Haken（鉤）」が語源であり、クライミングの歴史とともに進化してきました。現在では、フランス語由来の「ピトン（piton）」や、英語の「ペグ（peg）」と呼ばれることもあります。

岩の割れ目は自然の造形物であり、その大きさや形状は多種多様です。そのため、ハーケンにも様々な種類が存在します。例えば、薄くて浅いクラック用に作られた、薄いクロムモリブデン鋼製の「ラープ（Rurp）」や、手足が入るほど大きなクラックに対応するジュラルミン製の大型「ボンボン」などがあります。

ハーケンの歴史

クラック用ハーケンの進化

原始的なハーケンは、額縁を掛けるL字型の鉤のような形状をしていました。当時はカラビナがまだ発明されていなかったため、ロープを直接ハーケンに掛けて使用していました。危険防止のため、ロープを掛けた後、L字型の角を叩いて曲げ、ロープを固定することもあったようです。

その後、ハーケンの頭部に穴を開け、細い紐を通して輪を作り、そこにロープを通す方法が用いられるようになりました。さらに、紐の代わりに金属製の丸環を取り付けた「リングハーケン」が登場しました。

ハンス・フィーヒトルは、頭部に大きな固定的な穴を持つ「フィーヒトル・ハーケン」を開発しました。このハーケンは、現代のハーケンの原型となっており、小改良を加えられながら現在でも使用されています。

カラビナとハーケンの発展

ハンス・フィーヒトルの山岳仲間であったオットー・ヘルツォークは、消防署員がカラビナを使用しているのを見て、登山用に応用することを思いつきました。そして、実際の登攀に使えるようカラビナを改良しました。また、ハンス・デュルファーは、クライミングロープを使った懸垂下降法「デュルファージッツ」を考案し、カラビナやロープの進歩と相まって、ハーケンの有効性がさらに高まりました。

しかし、ハーケンやカラビナの使用を拒否する登山家もいました。パウル・プロイスは、危険が差し迫った状況でのみ使用を正当化すると主張しましたが、1913年に墜落死しました。彼の親友であったハンス・デュルファーは、プロイスの墓前で子供のように泣いたと言われています。

1957年から1967年にかけて、イヴォン・シュイナードは様々な種類とサイズのハーケンを開発し、ほぼ全てのニーズを網羅しました。

1960年には、実用限界ギリギリまで薄くした「ラープ」が開発されました。これは、通常のハーケンでは打ち込めないほど細くて浅い割れ目が多い、ヨセミテのカットピナクル西壁初登攀のために開発され、必要な強度を確保するためクロムモリブデン鋼製で作られました。

アイスハーケンの登場

ウィリー・ヴェルツェンバッハは、氷に打ち込むための「アイスハーケン」を考案しました。平型で先端が尖っており、抜け防止の刻みがついています。カラビナを取り付けるための環が備わったリングハーケンの仲間です。1924年7月にグロース・ヴィスバッハホルン北西壁の登攀で使用し、その有効性を証明しました。

その後も北壁への挑戦が相次ぎ、アイスハーケンの実用性が認められました。1938年のアイガー北壁初登攀でも使用され、この時にはV字アングル型になっており、ヴェルツェンバッハ型と比較して強度が向上していました。

1939年には、ミュンヘンのスポーツ店シュスターにより、断面が弓形に湾曲した「ユンゲル・アイスハーケン」が発明されました。1936年頃にはイタリアでパイプ型ハーケンが作られ、第二次世界大戦後には、縦にスリットの開いた特徴的なパイプ型ハーケンがアッテンホーファーによって販売されました。このパイプ型ハーケンは、1950年に渡欧した水野祥太郎が1951年に日本に持ち帰りました。

1960年代には、オーストリアのスチュバイが、先端を螺旋状にした筒型スクリュー式アイスハーケンを開発しました。硬い氷に従来のハーケンを打ち込むと砕けてしまうことがありましたが、このスクリュー式ハーケンはその問題を解決しました。日本では、氷瀑登攀が多いため、このスクリュー式アイスハーケンが多く使われています。

参考文献

堀田弘司『山への挑戦 -登山用具は語る-』岩波新書 ISBN 4-00-430126-2
『世界の山岳大百科』山と渓谷社 ISBN 4635588068