バイシクル・キック

「バイシクル・キック」（bicycle kick）、あるいは「オーバーヘッド・キック」（overhead kick）、「シザーズ・キック」（scissors kick）は、サッカーにおける高度なキック技術の一つです。このプレーは、選手が宙に浮いたボールに対し、地面に背を向けた体勢で足を頭より高く上げ、あたかも自転車のペダルを漕ぐような、あるいは鋏を開閉するような動きでボールを蹴り出すことから名付けられました。その見た目の派手さと難易度の高さから、サッカーにおける最もspectacular（目を見張るような）なプレーの一つとされています。

この技は、攻撃時にゴールを狙う目的で行われることもあれば、防御側が自陣のゴール前などでボールをクリアするために用いられることもあります。いずれの場合も極めて高い身体能力と技術が要求されるため、実戦で成功させるのは、ほとんどが世界のトップレベルで活躍するプロサッカー選手に限られます。

名称とその由来

英語圏では主に「バイシクル・キック」、「オーバーヘッド・キック」、「シザーズ・キック」の三つの呼び方が一般的で、これらは多くの場合、同一のプレーを指します。シザーズ・キックを若干異なる動作として区別することもありますが、広くは同義とされています。

英語圏以外の言語でも多様な表現が存在します。フランス語では「ciseaux retourné」（戻る鋏）、ポルトガル語では「pontapé de bicicleta」（自転車キック）のように動作に例えたり、ドイツ語の「Fallrückzieher」（落下後方キック）、ポーランド語の「przewrotka」（転倒キック）、イタリア語の「rovesciata」（逆転キック）のように動作そのものを描写したりするものがあります。ノルウェー語の「brassespark」（ブラジル人キック）のような興味深い例もあります。

バイシクル・キックの起源に関しては、南米のペルーとチリの間で長年にわたり論争があります。ペルーでは「chalaca」（カヤオっ子）と呼ばれており、これはペルーの港町カヤオに由来するとされています。一方、チリでは「chilenita」（チリ人）と呼ばれ、チリ発祥であると主張されています。いずれにしても、スペイン語圏では一般的に鋏の動きになぞらえ、「tijera」や「tijereta」といった単語で表現されることが多いようです。

実行技術と方法

バイシクル・キックの成功には、卓越した運動能力と精緻な技術が不可欠です。プレーを実行するには適切な体勢を素早く作り出す必要があり、ボールに正確にミートさせるためには並外れた集中力が求められます。成功すれば、その難易度の高さゆえに観客やメディアの大きな注目を集めます。サッカーの王様と称されるブラジルのペレでさえ、そのキャリアで挙げた1,283ゴールの中で、バイシクル・キックによるものはごくわずかであったと言われています。

プレーを開始するには、まずボールが空中に浮いている状態が必要です。これは味方からのクロスパスであるか、あるいは自身でボールを浮かせることによって実現します。キックを行う足とは逆の足を振り上げてその勢いを使い、身体を跳ね上げるようにして空中へ舞い上がります。身体が地面とほぼ水平になり、最も高くなった頂点に達したところで、最初に振り上げた逆足を素早く引き下げるその反動を利用して、目的のボールを勢いよく蹴り出します。この一連の動作中、ボールへの集中を途切らせてはなりません。両腕は空中でバランスを保つため、そして落下時に地面への衝撃を和らげるために重要な役割を果たします。

試合中にバイシクル・キックが見られる主な場面は二つあります。一つは、相手の攻撃を防ぐために自陣ゴール近くでボールを遠くへクリアしようとする守備的な状況。もう一つは、相手ゴール前で直接得点を狙う攻撃的な状況です。稀に中盤で行われることもありますが、この技を使う必然性がほとんどないため非常に珍しいです。

攻撃的なバイシクル・キックを成功させるには、キッカー自身の技術はもちろん、クロスボールを供給する味方選手の精度も非常に重要です。また、自身の周囲にいる他の選手を巻き込まないよう、ある程度の広さがあるスペースで行うことが望ましいとされています。プレーの最も危険な瞬間は落下時であり、着地が不安定だと頭部、背中、手首などに怪我を負うリスクがあります。腕で体を支えながら背中から着地するのが、比較的安全な方法とされています。

歴史と発展

バイシクル・キックがいつ、どこで、誰によって初めて考案されたのかについては、いくつかの説が語り継がれていますが、最も有力視されているのは19世紀後半の南米、特にペルーやチリを起源とする話です。

19世紀、南米諸国はヨーロッパとの貿易が盛んであり、多くのヨーロッパ人が移住しました。その中に含まれていたイギリス人移民が、サッカーを南米にもたらしたとされています。ヨーロッパに広まったサッカーは国によって大きなスタイルの違いは少なかったのに対し、南米に伝わったサッカーは、イギリスのスピーディーなスタイルとは異なり、個人の技術や創造性を重視するゆったりとしたスタイルへと変化していきました。ドリブルやフリーキックなどの個人技が発達する中で、バイシクル・キックのようなアクロバティックな技が生まれたと考えられています。

バイシクル・キックは、太平洋に面したペルーの主要港町カヤオで最初に考案されたという説があります。港に停泊したイギリス船の船員たちが地元の人々とサッカーを行い、そのシンプルさが受け入れられていきました。カヤオでは労働者階級の間でサッカーが親しまれており、19世紀後半には「tiro de chalaca」（カヤオのシュート）として知られていたと伝えられています。同様にチリの主要港町タルカワノでもサッカーが盛んでした。20世紀初頭には、スペイン・バスク地方出身のラモン・ウンサガ選手がバイシクル・キックの名手として名を馳せ、彼のキックはタルカワノで「chorera」と呼ばれていました。

1910年代から1920年代にかけて、南米西海岸地域、特にチリの選手たちによってバイシクル・キックは広く知られるようになりました。1916年の第1回コパ・アメリカでは、チリ代表のラモン・ウンサガとフランシスコ・サンチェス・ガティカがこの技を披露し、大きな話題となりました。しかし、この技には危険も伴いました。1927年、CSDコロコロがスペイン遠征中、チリ人フォワードのダビド・アレジャーノがバイシクル・キックを含むアクロバティックなプレーを試みましたが、その失敗が原因で負傷し、命を落としてしまいます。これらの出来事を通して、スペインやアルゼンチンではバイシクル・キックを「chilena」（チリ人）と呼ぶようになりました。

20世紀後半に入ると、ペレがバイシクル・キックの名手として世界的に注目を集めました。彼がこの技を容易に成功させる姿は人々を魅了し、ペレ自身の自信にも繋がったとされています。ペレ以降も、アルゼンチンのディエゴ・マラドーナやメキシコのウーゴ・サンチェスなどが名手として知られています。コパ・アメリカ1975決勝では、ペルー代表のフアン・カルロス・オブリタスがチリ代表からバイシクル・キックでゴールを奪っています。

ワールドカップの歴史においても、印象的なバイシクル・キックが記録されています。1982年大会の準決勝、西ドイツ対フランス戦で西ドイツ代表のクラウス・フィッシャーが見せたゴールは、チームを追いつかせ、最終的にPK戦での勝利、決勝進出に貢献しました。このゴールはワールドカップ史上の最も美しいゴールの一つとして記憶されています。1986年大会では、メキシコ代表のマヌエル・ネグレテ・アリアスが決勝トーナメント1回戦でブルガリア相手にバイシクル・キックで得点しています。

21世紀になっても、バイシクル・キックは依然として高い難易度と注目度を保っています。2001年、レアル・マドリードのグティがリーガ・エスパニョーラで見せたゴールは、美しいバイシクル・キックとして評価されました。2002年日韓ワールドカップでは、ベルギー代表のマルク・ヴィルモッツが日本戦で披露し、日本の観客を驚かせました。近年では、2012年にズラタン・イブラヒモヴィッチがイングランドとの親善試合で成功させた約30メートルの距離からのバイシクル・キックや、ウェイン・ルーニーが2011年のマンチェスター・ダービーで見せたゴールが特に有名です。イブラヒモヴィッチのゴールは2013年にFIFAプスカシュ賞（年間最優秀ゴール）を受賞し、ルーニーのゴールはプレミアリーグ史上最も美しいゴールに選ばれています。

サッカー文化における象徴

その難易度の高さと視覚的な華麗さから、バイシクル・キックはサッカーを象徴するプレーとして確固たる地位を築いています。1994年FIFAワールドカップのコロンビア戦でアメリカ代表のマルセロ・バルボアが見せたプレーは、当時アメリカにおけるサッカー人気の高まりに貢献したと言われています。多くのファンが、お気に入りの選手のバイシクル・キックを真似しようとして怪我を負ったという逸話もあります。イタリア代表のマリオ・バロテッリは、ユース時代にロナウジーニョやジネディーヌ・ジダンに憧れ、バイシクル・キックの練習ばかりしていたと語っています。

バイシクル・キックはサッカー以外の文化分野にも大きな影響を与えています。高橋陽一氏の漫画『キャプテン翼』の主人公、大空翼の得意技として描かれ、広く知られるようになりました。1981年公開の映画「勝利への脱出」では、この技が劇的な場面のクライマックスを飾る見せ場の一つとなっています。また、2013年9月のGoogle Doodleは、ブラジルの伝説的選手レオニダス・ダ・シルバの生誕100周年を祝い、彼の代名詞であるバイシクル・キックをするキャラクターが描かれました。サッカーゲームの代表格であるFIFAシリーズでも、2014年のCMにリオネル・メッシが起用され、バイシクル・キックを披露しています。

バイシクル・キックの起源候補地の一つであるチリのタルカワノには、2014年にラモン・ウンサガがバイシクル・キックをしている姿の銅像が建てられ、この技の歴史的な重要性を記念しています。

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