バクティ

バクティ：ヒンドゥー教における神への絶対的帰依

ヒンドゥー教において「バクティ（bhakti）」とは、最高神への揺るぎない帰依、すなわち絶対的な信愛を意味する重要な概念です。しばしば「信愛」と訳されますが、単なる信仰を超えた、神への深い愛情と献身を指します。

バクティ思想は、『バガヴァッド・ギーター』において既に示唆されていましたが、7世紀頃、南インドで独自の発展を遂げ、一般庶民にも広く浸透しました。特にヴィシュヌ派を中心に受け入れられ、現在ではヒンドゥー教全体の重要な柱となっています。

紀元前6世紀頃、インドでは輪廻からの解脱を説く仏教やジャイナ教が興隆しました。これらの宗教の影響は、ヒンドゥー教の思想にも及びました。ヴェーダーンタ学派に見られるように、自己（アートマン）の本質を理解し、現実世界との関わりを断つ「ギャーナ（知識の道）」という修行法が発展しました。しかし、ギャーナの修行は社会生活からの離脱を伴う困難なものであり、実践は容易ではありませんでした。

バクティ思想は、このような状況下で台頭しました。神への深い信愛によって、自力では到達できない解脱が神の慈悲によって与えられるという考えです。南インドで生まれたバクティ思想は、少女が少年を慕うような、個人的で深い感情を伴う点が大きな特徴です。信愛の対象となる神は多様ですが、『ラーマーヤナ』のラーマや『バーガヴァタ・プラーナ』のクリシュナなどが特に人気を集めました。

バクティ思想は、単なる感情論ではなく、神学的な裏付けも得ています。著名な神学者であるラーマーヌジャとマドヴァは、シャンカラによる一元論（ブラフマンのみが実在するという説）を批判し、バクティ思想に神学的な基礎を与えました。彼らは、個々の神への帰依が、最終的には最高の神への到達を促すと主張しました。

バクティは、知識や修行による解脱への道（ギャーナヨーガ）とは異なるアプローチです。神への愛と献身を深めることで、解脱への道が開かれると考えるのです。そのため、社会生活を営みながらも実践できる、より身近な修行法として受け入れられました。

今日でも、バクティはヒンドゥー教徒の信仰生活の中核を成しています。神への祈禱、賛歌、奉仕など、様々な形でバクティを実践し、神との一体感を求めています。バクティは、単なる宗教的な儀式ではなく、神への深い愛情と一体感を伴う、人生の生き方そのものを示す概念と言えるでしょう。

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