バクテリオシン

概要

バクテリオシンとは、特定の細菌類によって産生される、抗菌活性を持ったタンパク質またはペプチドの総称です。これらの物質は、主に自分と同じ種類や近縁の細菌に対して効果を発揮するという特徴があります。広範囲の微生物を標的とする一般的な抗生物質とは異なり、その作用対象は非常に限定的です。特定の微生物が他の微生物の増殖を抑制する現象は様々な生物で見られ、出芽酵母やゾウリムシが持つキラー因子なども、バクテリオシンと同様の性質を持つ例として挙げられます。

発見の歴史

バクテリオシンという物質群の存在が初めて科学的に報告されたのは1925年のことです。ベルギーの微生物学者アンドレ・グラチア氏によって、大腸菌（Escherichia coli）が作り出す抗菌性物質が発見されました。この物質は「コリシン」と名付けられ、バクテリオシンとして最初に確認された物質とされています。グラチア氏の発見は、細菌が他の細菌の生育を特異的に阻害するメカニズムが存在することを示し、その後のバクテリオシン研究の礎となりました。

特性と作用機構

バクテリオシンの最も顕著な特徴の一つは、その抗菌スペクトルの狭さです。個々のバクテリオシンは、通常、同じ属に属する細菌、あるいはせいぜい同じ門に属するごく限られた範囲の細菌にしか効果を示しません。この狭い特異性が、幅広い病原菌に有効な抗生物質と区別される大きな点です。

その作用機構は非常に多様です。細菌の細胞に対して様々な方法で攻撃を仕掛け、死滅させます。具体的な例をいくつか挙げます。

細胞膜の破壊: 乳酸菌の一種であるLactococcusが産生するナイシンは、細菌の細胞膜に穴を開けることで細胞を死に至らしめます。これはグラム陽性菌が多く含まれるフィルミクテス門に対して特に有効です。
タンパク質合成の阻害: 大腸菌が産生するコリシンの一部は、標的となる細菌のタンパク質合成システムに干渉し、生命活動に必要なタンパク質の合成を妨げることで抗菌作用を発揮します。これは腸内細菌科の細菌に対して見られます。
膜電位差の消失: 緑膿菌（Pseudomonas aeruginosa）が産生するピオシン（pyocin）の一部は、細菌の細胞膜の電位差を破壊し、エネルギー産生などの重要な膜機能が停止させます。
イオン輸送の阻害: 古細菌に分類される高度好塩菌が産生するハロシンは、細胞内外のナトリウムイオンとプロトン（H+）の交換を担うトランスポーター（Na+/H+トランスポーター）の働きを阻害することで抗菌効果を示します。

これらの例からもわかるように、バクテリオシンは標的細胞に対してピンポイントで作用する多様なメカニズムを持っています。

構造的な特徴

一部のバクテリオシン、例えば緑膿菌が産生するピオシンRなどは、独特なチューブ状の構造をとることが知られています。この構造は、細菌に感染するウイルスであるバクテリオファージの尾部の構造に酷似しています。そのため、かつては細胞内に存在する様々なチューブ状の微粒子群を指す「ラピドソーム（rhapidosome）」の一種として分類されることもありました。

生態系における役割

ヒトを含む様々な生物の体表や体内に生息している常在菌の中にも、バクテリオシンを産生する種類が存在します。こうした常在菌が作り出すバクテリオシンは、同じ環境に存在する他の細菌、特に病原性を持つ可能性のある細菌の増殖を抑える役割を果たしていると考えられています。これは、常在菌が宿主を病原菌の感染から守る、いわば防御システムの一部として機能している可能性を示唆しており、共生関係における重要な側面として注目されています。

応用

バクテリオシンの持つ特定の細菌に対する高い特異性は、応用面でも利用されています。例えば、特定のバクテリオシンを用いて、検査サンプル中に目的の細菌が存在するかどうかを識別する診断ツールとして利用されることがあります。バクテリオシンの一種であるコリシンは、赤痢の原因菌である赤痢菌の検出や型別に応用されることがあります。同様に、緑膿菌の存在を確認するための検査にもバクテリオシンが利用される事例があります。

バクテリオシン