バルドゥイン・フォン・ルクセンブルク

バルドゥイン・フォン・ルクセンブルク：ルクセンブルク家の枢機卿、そして城塞政治家

バルドゥイン・フォン・ルクセンブルク（1285年頃 - 1354年1月21日）は、神聖ローマ帝国において重要な役割を果たした人物です。ルクセンブルク伯ハインリヒ6世とベアトリス・ダヴェーヌの子として生まれ、トリーア大司教（1307年-1354年）として、選帝侯の地位を確立しました。兄である神聖ローマ皇帝ハインリヒ7世の治世、そしてその孫であるカール4世の帝位獲得に大きく貢献したことは特筆に値します。

バルドゥインの生涯は、激動の時代を反映しています。6歳の時に父がヴォリンゲンの戦いで戦死した後、母ベアトリスの摂政の下で、兄ハインリヒと共にフランス宮廷で教育を受け、パリ大学で学問を修めました。1307年、トリーア大司教に選出され、翌年には教皇クレメンス5世より叙任を受けています。

彼の政治手腕は、兄の息子であるヨハンとボヘミア王女エリシュカの結婚の仲介に見ることができます。この結婚は、ルクセンブルク家がボヘミア王家と繋がり、後のカール4世帝位獲得へと繋がる重要な一歩となりました。また、1310年には兄ハインリヒ7世のローマ遠征にも同行し、その側近として政治に深く関わっていました。

バルドゥインは、単なる宗教指導者ではありませんでした。彼は積極的な城塞政治家として知られ、ザール地域における権力を強化しました。1319年に建造されたバルドゥインシュタイン城は、ラーン川沿岸における彼の勢力の象徴となっています。在任中に100を超える城塞や防衛施設を建設・整備し、トリーア大司教区の安定と安全を確保しました。その功績から、「最も重要な城塞政治家の一人」と評されるほどです。記録によれば、彼は23の城塞と294人の城塞守備兵を掌握し、各砦には3名から30名もの兵を配置していたとされています。これは、当時の軍事・政治情勢における彼の影響力の大きさを示しています。

しかし、バルドゥインは厳格な聖職者というイメージとは異なる一面も持っていました。歴史家の阿部謹也は、彼を「決してお高くとまった聖職者ではなく、司教の服を脱ぎ捨てて冗談や気晴らしを楽しんだ人物」として描写しています。1510年頃出版されたドイツの民衆本『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』では、主人公の権力者批判に理解を示す司教のモデルとして、バルドゥインが描かれているとされています。これは、当時の権力者像に対する大衆の認識の一端を示唆する興味深いエピソードです。

また、彼は1340年頃には、兄ハインリヒ7世の業績を73枚の絵で描いた『Bilderchronik（年代記絵図）』の作成を依頼しています。この作品は、当時の歴史絵画として非常に重要な資料であり、現在もコブレンツの文書館に所蔵されています。

バルドゥイン・フォン・ルクセンブルクの生涯は、宗教、政治、軍事といった様々な側面から当時のヨーロッパ社会を理解する上で重要な手がかりを与えてくれます。彼は、単なる宗教指導者を超えた、時代の変遷を生き抜き、その中で独自の政治戦略を駆使した、稀有な人物であったと言えるでしょう。彼の功績は、ルクセンブルク家の発展に大きく貢献し、神聖ローマ帝国の歴史に深く刻まれています。

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