アンリ=バンジャマン・コンスタン
アンリ=バンジャマン・コンスタン・ド・ルベック(
1767年10月25日 -
1830年12月8日)は、
スイスに生まれながら
フランスの文学界、思想界、政界で多大な足跡を残した人物です。
小説家、
思想家、そして
政治家という多彩な顔を持ち、特に
心理主義小説の金字塔とされる『アドルフ』や、近代
自由主義の
思想家としてその名を広く知られています。また、彼は
フランスロマン主義を代表する一人としても位置づけられています。生涯を通じて
政治評論、宗教論など幅広い分野で執筆活動を展開し、積極的に
政治の舞台でも活動しました。
生涯
コンスタンは
スイスの
ローザンヌで生を受けました。父は
フランスから
亡命した
プロテスタント系の軍人でしたが、母は彼が幼い頃に死去したため、教育は主に祖父母と父が雇った
家庭教師によって行われました。父の仕事に伴い、幼少期から青年期にかけて
オランダや
イギリスなどヨーロッパ各地を転々としました。
1782年には
ドイツのエルランゲン大学、翌年には
スコットランドの
エディンバラ大学で学び、異文化に触れる機会を得ました。18歳で
パリに移り、当時の著名な
文学者や
哲学者たちと交流を深めました。この頃から
パリとヨーロッパ各地を頻繁に行き来する生活が始まります。この時期に出会ったジョワノ夫人やトレヴァー夫人、そして特に
作家イザベル・ド・シャリエール夫人からは、文学的な面で強い影響を受けました。
1788年、北
ドイツのブラウンシュヴァイク公国でミンナ・フォン・クラムと結婚しましたが、この結婚生活はうまくいかず、1793年には離婚に至ります。しかしこの頃から、
政治や宗教に関する本格的な著作活動を開始し、同年には後に妻となるシャルロッテ・フォン・ハルデンベルクとも出会いました。一方で、彼の人生に決定的な影響を与えたのは、1794年に知り合ったスタール夫人(ジェルメーヌ・ド・スタール)との関係です。スタール夫人はすでに夫と別居しており、活発な
サロン活動を展開していました。コンスタンは彼女と行動を共にし、文学、思想、
政治のあらゆる面で大きな影響を受け、
1796年には彼女の愛人となりました。翌年には二人の間に子供が生まれ、彼らの関係はさらに深まります。
スタール夫人との関係を背景に、コンスタンは現実の
政治活動にも積極的に関わるようになり、選挙に出馬しました。しかし、
ナポレオン・ボナパルトが権力を集中させると、その専制的な動きに反発したコンスタンは、当時所属していた護民院議員の職を追われ、
政治活動の道を閉ざされます。スタール夫人も反ナポレオン的な著作を発表したために
フランスからの追放処分を受け、コンスタンも彼女と共に
フランスを離れることになります。
ドイツを訪れた彼は、ゲーテ、シラー、ヴィーラント、シュレーゲル兄弟といった当時の
ドイツを代表する文人たちと交流を深めました。しかしこの頃、スタール夫人との関係は冷え込み始め、頻繁な言い争いを経て別離を考えるようになります。
1805年、以前からの知人であったシャルロッテ・フォン・ハルデンベルクとの関係が再燃し、1808年には彼女と再婚します。しかし、スタール夫人との関係もすぐには断ち切れず、1811年まで複雑な関係が続きました。
1806年頃から
小説の執筆に取り組み始め、この時の創作が後に
心理主義小説の傑作として名高い『アドルフ』の基礎となります。同年には
政治哲学の集大成とも言える『
政治原理』を執筆するなど、
思想家としても重要な著作を生み出しました。また、宗教論の研究にも力を入れ、
敬虔主義的な傾向を見せる著作を発表しました。1811年には妻と共に
ゲッティンゲンに滞在し、自伝的な作品『わが人生』を執筆しました。
ナポレオンが失脚し、
フランスに王政復古の時代が訪れると、コンスタンは
パリに戻り、反ナポレオン的な著作を精力的に発表しました。しかし、ナポレオンが一時的に復権した
百日天下においては、一転してその政府に参加したため、世論から厳しい非難を浴びることになります。この頃、
パリに単身で滞在していた彼は、スタール夫人の友人であったジュリエット・レカミエ(レカミエ夫人)に熱烈な想いを寄せました。
ナポレオンが再び没落した後、コンスタンは
イギリスの
ロンドンへ
亡命しました。ここで代表作『アドルフ』を出版し、また
百日天下での自身の行動を振り返る『
百日天下回想録』を執筆しました。ルイ18世が即位し、自身の復権の機会を得ると、王に弁明書を提出して許され、1816年に
パリへの帰還を果たします。翌1817年、長年の愛人であったスタール夫人の訃報に接し、彼女についての論説を発表しました。
復古王政下の
フランスで、コンスタンは自由派の主要なリーダーの一人として頭角を現しました。1818年にはこれまでの
政治思想に関する著作をまとめた『立憲
政治講義』を出版し、議会での演説や論説を通じて
自由主義の理念を強く擁護しました。「近代人の自由と古代人の自由」に関する有名な講演もこの時期に行われました。彼は
奴隷売買反対運動などにも積極的に取り組み、民衆から熱烈な支持を集めました。晩年には、
1830年に起こった七月革命によって成立した七月王政を支持する立場を取りました。
1830年12月7日、63歳でその生涯を閉じました。彼の葬儀は、彼を熱狂的に支持していた
パリの民衆によって非常に盛大に行われ、その人気と影響力の大きさが示されました。遺体は
パリの
ペール・ラシェーズ墓地に埋葬されました。
コンスタンの功績は、繊細な心理描写で近代
小説の扉を開いた文学作品だけでなく、近代
自由主義の確立に貢献した
政治思想においても高く評価されています。その多面的で波乱に満ちた生涯は、19世紀初頭の激動の時代を映し出しています。