バートラム・ブロックハウス

バートラム・ネヴィル・ブロックハウス（Bertram Neville Brockhouse）は、1918年7月15日にカナダのアルバータ州レスブリッジで生まれ、2003年10月13日にその生涯を終えた、20世紀後半を代表する物理学者の一人です。彼は、原子や分子の集まりである物質が、どのように構造を持ち、原子がどのように運動しているのかを探るための強力な手法、特に中性子散乱技術の開発において画期的な貢献をしました。

ブロックハウスは、ブリティッシュコロンビア大学で物理学の基礎を学び、その後トロント大学でさらなる研究を進め、学位を取得しました。彼のキャリアの重要な部分は、1950年から1962年にかけてカナダのチョーク・リバー研究所で過ごした期間にあります。この研究所は、カナダにおける原子力研究の中心地であり、1946年にはアメリカ国外で初めて原子炉が建設されるなど、先駆的な研究が行われていました。

チョーク・リバー研究所において、ブロックハウスは中性子の物質散乱に関する研究に没頭しました。当時、中性子が結晶などの物質に衝突した際に、そのエネルギーや運動量がどのように変化するか（非弾性散乱）を精密に測定する技術は十分に進んでいませんでした。この問題を解決するため、彼は独創的な装置を考案します。それが、後に中性子非弾性散乱測定の標準器となる「3軸分光器（Triple-Axis Spectrometer）」です。

この3軸分光器は、入射する中性子のエネルギーと運動量を正確に制御し、物質を通過または散乱した中性子のエネルギーと運動量を高精度に分析することを可能にしました。ブロックハウスは、この装置を駆使して、物質内の原子が集団的に行う振動、すなわち格子振動（フォノン）のエネルギーと運動量の関係を直接測定することに成功しました。これは、物質の熱的性質や電気的性質、超伝導といった多様な物性を理解する上で極めて重要な知見をもたらすものでした。

1962年、ブロックハウスはマックマスター大学の教授に就任し、1984年に退職するまで、研究および教育活動を続けました。大学においても、彼はチョーク・リバーでの研究を基盤として、中性子分光法の発展と、それを用いた物質科学の研究を推進しました。彼の開発した技術は、世界中の研究機関に普及し、凝縮系物理学をはじめとする様々な分野で物質の微視的な振る舞いを解明するための不可欠なツールとなりました。

その優れた業績は高く評価され、1962年には物理学の分野で顕著な貢献をした研究者に贈られるオリバー・E・バックリー凝縮系賞を受賞しています。また、1965年にはイギリスの王立協会のフェローに選出される栄誉に浴しました。

そして、彼の物理学への最も大きな貢献は、1994年のノーベル物理学賞受賞という形で結実しました。彼は、中性子散乱技術の開発、特に3軸分光器の発明とその応用による格子振動の研究に関する先駆的な業績が認められ、中性子散乱法を用いた物質構造解析の基礎を確立したクリフォード・シャルと共に、この権威ある賞を分かち合いました。ブロックハウスの研究は、物質科学の研究手法に革命をもたらし、現代科学技術の発展に多大な影響を与えています。彼の名を冠した中性子施設が存在するなど、その功績は今日でも広く認識されています。

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