パイエル板

パイエル板とは

パイエル板（Peyer's patch）は、哺乳類の小腸、特に空腸から回腸にかけての領域に見られる、絨毛（じゅうもう）と呼ばれる粘膜の突起が比較的少ない場所に位置する、免疫システムに関わる特殊な組織です。小腸の内壁は、栄養分の吸収面積を広げるために絨毛が密に覆っていますが、パイエル板のある場所では、この絨毛の発達が抑えられています。

構造と組織

脊椎動物にはリンパ小節と呼ばれるリンパ球が集まる構造があり、両生類以上の動物ではこれが集まって集合リンパ小節を形成します。口腔の扁桃や体中のリンパ節がその代表例ですが、パイエル板もこの集合リンパ小節の一種であり、腸管関連リンパ組織（GALT）の主要な構成要素です。

ヒトの場合、小腸の空腸から回腸にかけて、特に腸間膜が付着する側とは反対側の腸壁に、約20個から30個のパイエル板が点在しています。それぞれのパイエル板は、数十個から数百個のリンパ小節が平面的に集まって形成されています。これらのリンパ小節は、小腸の粘膜の下にある粘膜固有層（ねんまくこゆうそう）という結合組織の中に埋め込まれたような形で存在しており、個々のリンパ節のように被膜で覆われるなど、明確な器官としての分化はそれほど進んでいません。

パイエル板の内部には、B細胞やT細胞、マクロファージといった様々な種類の免疫細胞が豊富に集積しています。特にB細胞が多く、その一部は形質細胞（プラズマ細胞）へと分化し、免疫グロブリン、中でも主にIgA（免疫グロブリンA）という種類の抗体を大量に産生します。このIgAは、腸管の内腔に分泌され、病原体の付着や侵入を防ぐ役割を担います。

機能と役割

パイエル板は、消化管を通じて絶えず外界から入ってくる様々な物質、特に食物や腸内細菌、あるいは病原体に対して、適切な免疫応答を行うための重要な拠点です。ここでは、腸管内に入ってきた異物（抗原）を認識し、それに対して攻撃的な免疫反応を起こすべきか、あるいは無害なものとして受け流すべきか（免疫寛容）を判断する情報処理が行われます。

具体的には、パイエル板は病原性のある微生物に対しては、上で述べたIgAの分泌などを中心とした排除機構を活性化させます。一方で、通常は無害な食物由来のタンパク質や、私たちの健康維持に役立つ腸内細菌（常在菌）に対しては、免疫システムが過剰に反応しないように、免疫寛容という状態を誘導します。これにより、例えば食物アレルギーのような、本来必要のない免疫反応が起こるのを防いでいます。

M細胞の働き

パイエル板の機能において中心的な役割を果たす細胞として、M細胞（microfold cell）が挙げられます。M細胞は、パイエル板の表面を覆う腸管上皮の一部を構成しており、腸管の内腔に直接面しています。この細胞の最大の特徴は、腸管内にある細菌やウイルス、毒素などの抗原を、エンドサイトーシス（細胞が外部の物質を取り込む仕組み）によって効率的に取り込み、それをパイエル板の内部にある免疫細胞（T細胞、B細胞、マクロファージなど）に提示することです。

M細胞による抗原の取り込みと提示は、パイエル板内の免疫細胞が腸管内の状況を把握し、それに合わせた免疫応答を開始するための最初のステップとなります。この情報伝達によって、病原体に対する防御反応や、無害な物質への免疫寛容といった複雑な免疫制御メカニズムが作動します。

しかしながら、一部の病原体、例えば赤痢菌などは、このM細胞の抗原取り込み機構を巧妙に利用して、パイエル板を経由して腸壁を越え、体内に侵入することが知られています。このように、M細胞は免疫応答の開始点であると同時に、病原体にとっての侵入経路となりうるという二面性を持っています。

歴史と研究

パイエル板は、1677年にスイスの解剖学者ヨゼフ・コンラート・パイエル（Joseph Conrad Hans Peyer）によって初めて詳しく記載されました。彼は、小腸の内壁を観察し、絨毛が均一に分布しているのではなく、部分的に絨毛の発達が少ない領域が存在することを発見し、自身の名にちなんで「パイエルのパッチ」（Peyer's patch）と名付けました。

当初は解剖学的な構造として認識されていましたが、その後の組織学的な研究により、この領域の粘膜固有層にはリンパ小節が集合したリンパ組織が存在することが明らかになり、現在ではこのリンパ組織そのものをパイエル板と呼んでいます。その機能は長らく不明でしたが、1970年代以降の免疫学、特に腸管免疫に関する研究の進展に伴い、消化管における生体防御や免疫調節に不可欠な役割を担っていることが理解されるようになりました。

また、パイエル板の発達には腸内細菌叢が重要な影響を与えていることが、無菌状態で飼育された動物のパイエル板が小さいという観察結果などから示唆されています。食物アレルギーの発症機構や、腸内環境と全身の免疫機能の関係といった、現在注目されている研究領域においても、パイエル板は重要な研究対象であり、その機能の全容解明に向けた研究が進められています。

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