パイプ・ロール

パイプ・ロール（Pipe Rolls）は、中世イングランドにおいて財務府が作成した会計監査記録であり、日本語では『収支簿』や『財務府記録』などと訳されます。これは、ドゥームズデイ・ブックと並び、中世イングランド国家の財政を支える重要な基礎資料となりました。特筆すべきは、毎年作成された公文書の中で、歴史的に最も古く、かつ最も長期にわたって継続された記録であるという点です。

パイプ・ロールは、各州の長官から毎年提出される王室領や空席司教区からの収入、その他の税収、そして王室行政が支出した費用など、収支に関する報告を財務府が監査した記録です。これらの収支報告と監査結果は、パイプ状の巻物（ロール）形式の公文書として作成され、財務府に保管されました。

現存する最古の記録は1131年のものですが、初期の記録には欠落が見られます。しかし、1156年からは財務府が廃止される直前の1831年まで、ほぼ途切れることなく記録が残っています。中世後期以降は、州長官だけでなく、他の財政機関や官吏からの収支報告と監査記録も記載されるようになりました。財務府を経由しない一部の収入は記録されていないものの、パイプ・ロールは、後世のイングランドにおける財政統計のモデルとなり、特に資料が少ない12世紀と13世紀のイングランドの政治史や財政史を研究する上で、非常に貴重な史料とされています。

パイプ・ロールの記録は、イングランド王国の財政運営の実態を詳細に知る上で、欠かせない一次資料です。各州からの収入内訳、王室の支出項目、さらには個別の取引や支払いの記録に至るまで、当時の経済活動や行政の様子を具体的に把握することができます。例えば、王室がどのような物品を購入し、どのような事業に資金を投入していたのか、といった詳細な情報もパイプ・ロールから読み取ることができます。これにより、中世イングランドの政治、社会、経済の多角的な研究が可能となっています。

しかし、時代の変遷とともに財政の権限が次第に大蔵府へと移行するにつれて、パイプ・ロールの重要性は徐々に低下していきました。それでもなお、中世イングランドの財政史研究におけるパイプ・ロールの価値は揺るぎないものであり、現在でも多くの歴史研究者によって活用されています。パイプ・ロールの継続的な作成と保存は、中世イングランドの行政制度の精緻さを示すとともに、現代の私たちに貴重な歴史的遺産を提供してくれています。

参考文献として、以下の書籍があげられます。

松村赳・富田虎男 編著『英米史辞典』（研究社、2000年） ISBN 978-4-7674-3047-8
ヘンリー･ロイン 著/魚住昌良 監訳『西洋中世史事典』（東洋書林、1999年） ISBN 978-4-88721-175-9

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