パウル・シェーファー

パウル・シェーファー：カルト教団「コロニア・ディグニダ」の創始者

パウル・シェーファー・シュナイダー（Paul Schäfer Schneider, 1921年 12月4日 - 2010年 4月24日）は、チリにおけるドイツ系移民コミュニティで、「コロニア・ディグニダ」（後にビジャ・バビエラと改名）というカルト教団を創設し、その指導者として君臨した人物です。

生い立ちと戦争

シェーファーは、ヴァイマル共和国時代のドイツ・ボンで生まれ、トロースドルフで育ちました。青少年期にはヒトラーユーゲントの団員として活動し、第二次世界大戦ではドイツ空軍の衛生兵として従軍しました。終戦時には軍曹の階級にありました。戦後のドイツでは、バプテスト教会と孤児院を設立するなど、社会的な活動を行っていました。

性的暴行事件とチリへの逃亡

しかし、1959年、シェーファーは2人の少年に対する性的暴行の容疑で起訴され、その追及を逃れるため、一部の信者とともに西ドイツからチリへと逃亡しました。この逃亡劇は、彼の後の人生における暗い側面を象徴するものとなりました。

コロニア・ディグニダの設立と実態

1961年、チリにおいて、シェーファーは再び注目を浴びることとなります。当時の反共的なアレッサンドリ政権は、元ナチス党支持者であったシェーファーに、パラル郊外の農場を与え、ドイツ移民コミュニティの運営を許可しました。このコミュニティは、表向きにはバプテストと反共主義を掲げ、ドイツ式の先進的な医療と教育を提供すると謳っていました。しかし、その実態は大きく異なっていました。

コミュニティは「コロニア・ディグニダ」（尊厳のコロニー）と改名され、その内部ではアドルフ・ヒトラーを崇拝する思想が蔓延していました。また、チリのアウグスト・ピノチェト政権下では、ドイツ式の拷問が行われ、冷戦下の不法な武器売買や、チリとアルゼンチン間の紛争におけるコミュニティの武装化が進められていました。さらに、シェーファー自身による性的虐待と暴力が横行していたのです。1970年代から1990年代にかけてのピノチェト政権下では、これらの裏の顔は不問とされました。

アムネスティ・インターナショナルや真実和解のための国民委員会（レッティグ報告書）の調査結果によれば、コロニア・ディグニダは、ピノチェト政権の秘密警察DINAによって拷問や収容、遺体隠滅のために利用されていたことが明らかになっています。シェーファーはこれらの活動に全面的に協力していました。

再びの有罪判決と逃亡、そして逮捕

1997年5月20日、エドゥアルド・フレイ政権下で、シェーファーは再び少年に対する性的暴行の容疑で起訴されました。コミュニティ内の診療所と学校を利用していた26人の少年から、シェーファーらによる暴行の証言が得られたとされています。この起訴を受け、シェーファーは再び姿を消しました。

2004年後半、シェーファーは欠席裁判で懲役20年の判決を受けました。その後、2005年3月10日、8年近く失踪していたシェーファーは、アルゼンチン・ブエノスアイレス近郊で発見され、チリとアルゼンチン当局の交渉の末、チリに引き渡されました。彼は、1976年に政治運動家フアン・マイノが行方不明になった事件に関する起訴を受け、収監されました。

さらに、シェーファーは数学者ボリス・ウェイスフェイラーの事件にも関与している疑いがあり、過去の児童虐待疑惑についてもドイツとフランスで指名手配されていました。

死去

2010年 4月24日、シェーファーはサンティアゴ市内の病院で心不全により88歳で死去しました。死後になって、彼が重度の心臓疾患を患っていたことが明らかになりました。

コロニア・ディグニダの遺産

シェーファーが創設したコロニア・ディグニダは、単なるカルト教団ではなく、チリの暗黒面を象徴する存在でした。その設立から解散に至るまでの過程は、権力との癒着、人権侵害、そして人間の暗い欲望を描き出しています。この事件は、過去の過ちを直視し、二度と繰り返さないための教訓として、後世に語り継がれるべきでしょう。

参考文献

Gero Gemballa: Colonia Dignidad: ein deutsches Lager in Chile. Reinbek bei Hamburg: Rowohlt, 1988.
Friedrich Paul Heller: Lederhosen, Dutt und Giftgas: Die Hintergründe der Colonia Dignidad. Schmetterling Verlag, 2006.
Ingo Lenz: Weg vom Leben. 36 Jahre Gefangenschaft in der deutschen Sekte, Ullstein Verlag, Berlin.
Claudio R. Salinas/ Hans Stange: Los amigos del "Dr." Schäfer. La complicidad entre el Estado chileno y Colonia Dignidad. Santiago de Chile 2006

脚注

Branford, Becky (2005年3月11日). "Secrets of ex-Nazi's Chilean fiefdom". BBC News.
"Argentina expels Chile cult head". BBC News. (2005年3月13日).
"Judge questions Chile cult head". BBC News. (2005年3月15日).
Garcia, Guy D.; Bonn, James Graff; Parral, Laura Lopez (1988年5月16日). "Chile Colony of the Damned". Time.
Falconer, Bruce (2008). "The Torture Colony". The American Scholar 77 (4):