パサージュ

パサージュ：パリの街に花開いたガラスの回廊

18世紀末から19世紀にかけて、パリの街並みを彩った独特の空間があります。それが「パサージュ」です。フランス語で「通過」や「小径」を意味するこの言葉は、ガラス屋根のアーケードに覆われた歩行者専用の通路を指し、両側には商店が軒を連ねていました。百貨店が生まれる以前から、高級なショッピング街として隆盛を極め、人々の生活や文化に多大な影響を与えた、パリを代表する空間と言えるでしょう。

パサージュの起源と発展

パサージュの起源は、パリのパレ・ロワイヤルに遡ります。オルレアン公ルイ・フィリップ2世（フィリップ・エガリテ）が、自身の居城であるパレ・ロワイヤルの庭園に、回廊式の商店街と住居を建設し分譲したことが始まりです。この商店街はたちまち人気となり、その後も増築が続けられました。初期は木造建築だったため「ギャルリ・ド・ボワ（木の回廊）」と呼ばれていました。

一般的にパサージュの最初期のものとして挙げられるのは、1791年に建設された「パサージュ・フェイドー」です。その後、「パサージュ・デュ・ケール」（1798年、現存最古のパサージュ）、「パサージュ・デ・パノラマ」（1800年）などが建設され、特に王政復古後には建設ラッシュとなりました。当時、舗装された歩道が十分に整備されていなかったパリにおいて、パサージュは雨風をしのげる快適な歩行者空間として、人々に歓迎されたのです。既存の建物を再開発し、遮断されていた通りを繋ぐことで、人々を集める効果も生み出しました。

パサージュが乱立した背景には、フランス革命による社会構造の変化がありました。革命によって王侯貴族が所有していた土地が資本家の手に渡り、彼らは再開発の一環として、敷地を通り抜ける商店街兼通路を作り、収益を上げようとしたのです。舗装されていない泥道が一般的だった当時のパリにおいて、パサージュはタイルや大理石を用いた内装、鉄骨とガラス製の天窓、そして地下からの温風暖房設備などを備え、快適で洗練された空間を提供しました。壁画などの装飾も施され、人々はパサージュに集まりました。「散歩する」「ぶらぶら歩く」という概念も、パサージュを通じて市民に広まったと言われています。パサージュ同士では、蝋人形館などを設置するなど、集客のための工夫も見られました。

最盛期には100を超えるパサージュが存在したと言われますが、時代と共に衰退し、現在では十数カ所程度しか残っていません。

パサージュの影響とその後

パサージュは、単なる商業空間にとどまらず、社会思想や文化にも影響を与えました。社会主義者シャルル・フーリエは、パサージュを参考に自身の理想社会における共同体施設「ファランステール」を設計しています。また、20世紀後半には、ドイツ人文芸評論家ヴァルター・ベンヤミンの遺稿『パサージュ論』が刊行され、パサージュは広く再評価されることとなりました。ベンヤミンは、パサージュを近代都市の変容を象徴する空間として捉え、その歴史的、社会的な意義を深く考察しました。

パサージュはパリだけでなく、サンクトペテルブルクなどにも建設されました。サンクトペテルブルクのパサージュは1848年に開業し、ネフスキー大通りとイタリヤンスカヤ通りを繋ぐ重要な空間となっています。

現在のパサージュは、近代都市の変容を物語る貴重な歴史的遺産であり、その建築様式や空間デザインは、現代の都市計画にも示唆を与え続ける存在です。

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