パリスの審判 (ボッティチェッリ)

パリスの審判

サンドロ・ボッティチェッリと彼の工房が1485年から1488年頃に制作した「パリスの審判」は、ギリシア神話の有名なエピソードを題材としたテンペラ画です。この作品は、もともと婚礼用の長櫃カッソーネやスパッリエーラとして制作されたと考えられています。

長らく専門書でしか取り上げられることがなく、一般にはほとんど知られていませんでしたが、近年になって展覧会で展示される機会が増え、その美しさが広く知られるようになりました。現在はヴェネツィアのチーニ宮殿美術館に所蔵されています。

主題：不和の女神と黄金の林檎

ギリシア神話では、ペレウスとテティスの結婚式に、不和の女神エリスだけが招待されませんでした。これに怒ったエリスは、「最も美しい者へ」と刻まれた黄金の林檎を結婚の宴に投げ入れます。この林檎をめぐり、ヘラ、アテナ、アプロディテの三女神が争い、それぞれが自分こそがふさわしいと主張しました。

困ったゼウスは、イデ山で羊飼いとして育てられたトロイアの王子パリスに裁定をゆだねます。女神たちはヘルメスに案内されてパリスを訪れ、それぞれ異なる報酬を提示して林檎を自分に与えるよう要求します。パリスは、絶世の美女を与えるというアプロディテに林檎を与えました。

この判定が、スパルタ王の妻ヘレネをパリスがさらってトロイアに帰還するきっかけとなり、トロイア戦争の原因となりました。

作品の詳細

ボッティチェッリは、パリスが美の審判を下す瞬間を描いています。牧人の姿をしたパリスは、木の枝に荷物をかけ、岩に腰を下ろしています。彼は右手に持った黄金の林檎を、最も近くにいる白い衣服をまとった女神に渡そうとしています。

パリスと三女神は、横長の画面の中央に配置されています。同主題の絵画では女神たちは裸で描かれることが多いですが、ここでは古典的な衣装をまとっています。女神たちはアトリビュート（象徴物）を欠いているため、どの女性像がどの女神であるかは判然としません。しかし、黄金の林檎を受け取ろうとしている中央の女性像はアプロディテであると推測できます。黄金の林檎にはラテン語で「最も美しい者に贈られるべし」（PULCHRIORI DETUR）と刻まれています。

パリスの後ろ、画面右側には彼が世話をしている家畜たちが集まっています。背景には海岸の風景が広がり、画面左には細い川が流れ、複数の建造中または整備中の帆船が見えます。この造船の場面は、ボッティチェッリがシスティーナ礼拝堂に描いた壁画の一つ『反逆者たちの懲罰』の背景にも見られます。

画面両端の遠方の海岸には、それぞれ都市の風景が見えます。特に左側には、ローマ皇帝ディオクレティアヌスが建設した公衆浴場、コロッセオ、パンテオン、マルクス・アウレリウスの記念柱、ミリツィエの塔、コンティの塔といった古代および中世ローマの建築物が描かれています。

作品の帰属

1949年、リーチャ・ラッギアンティ・コッロービによって、この作品はボッティチェッリの工房作として初めて帰属されました。現在では、ボッティチェッリと工房によって制作されたという見解でほぼ一致しています。

フェデリコ・ゼーリとマウロ・ナターレは、作品の構想自体はボッティチェッリによるもので、制作の大部分は工房の助手が担当したが、パリスの顔や三女神などの重要な部分はボッティチェッリ自身が仕上げたとしています。ただし、フランチェスコ・ヴァルカノーヴァは1963年にこの作品をボッティチェッリの真筆画としています。

また、フェデリコ・ゼーリとマウロ・ナターレは、フィリッピーノ・リッピが本作品のパリス像をほぼ左右反転させた図像を素描として残していることを指摘しています。これにより、現在は所在不明となっている同主題のボッティチェッリの真筆画が存在し、そこからこの作品やフィリッピーノ・リッピの素描が派生したのではないかと推測しています。

制作年代と来歴

制作年代は、『反逆者たちの懲罰』と同じモチーフが使用されていることから、システィーナ礼拝堂の装飾事業以降、1485年から1490年までの間とするリーチャ・ラッギアンティ・コッロービの見解が広く受け入れられています。

この作品は、1942年にジョルジョ・チーニ財団の創設者であるヴィットーリオ・チーニによって購入されました。1984年にチーニ宮殿美術館が開館した際に収蔵され、現在に至ります。

この絵画は、ボッティチェッリの独特なスタイルと、ギリシア神話の物語性を組み合わせた貴重な作品です。彼の工房の技術と創造性が合わさって生み出された「パリスの審判」は、今もなお多くの人々を魅了し続けています。

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