パントオス

パントオス、あるいはパントゥース（古希: Πάνθοος, Πάνθους）という名前で知られる人物は、古代ギリシア神話において、滅亡へと向かう大都市トロイアで重要な役割を果たした存在です。彼はトロイアの指導者層の一員であり、ホメロスが叙事詩『イーリアス』で描いた物語の中では、名だたる長老の一人としてその名が登場します。また、彼は神々への深い信仰心を持つ奉仕者でもあり、特にトロイアのアポローン神殿において神官の職を務めていました。

パントオスの出自については、特異な伝承が語られています。彼は元来トロイアの生まれではなく、遠く離れたギリシア本土、聖地デルポイでアポローン神官として活動していたと言われています。デルポイは古代世界でも特に権威ある神託が与えられる場所として知られており、そこで神官を務めることは非常に名誉あることでした。しかし、彼の運命は思わぬ形でトロイアと結びつきます。

かつて英雄ヘーラクレースが一度トロイアを攻め落とした後、新しい王となったプリアモスは国の将来について神託に助言を求めるため、デルポイへ使節団を派遣しました。この使節団の中に、トロイアの賢人アンテーノールの息子がいました。彼はデルポイでパントオスに出会い、その人物に深く惹かれ、彼を故郷トロイアへと連れ帰ったと伝えられています。プリアモス王は、この強引な行いに対する埋め合わせとして、あるいはパントオスの人物を見込んで、彼をトロイアのアポローン神殿の主任神官という要職に就かせたとされています。

パントオスはオトリュスの子であり、プロンティスという女性との間には三人の息子をもうけました。彼らの名はポリュダマース、エウポルボス、そしてヒュペレーノールです。息子たちもまた、後のトロイア戦争においてそれぞれの役割を担うことになります。

長きにわたるトロイア戦争の最中、特にギリシア軍がトロイアを取り囲んで攻め立てていた時期、ギリシア側からの使節がヘレネーの返還を要求するためにトロイアを訪れるという重要な局面がありました。この時、長老の一人であったパントオスは、現状を冷静に分析し、ヘクトールをはじめとするトロイアの指導者たちに進言を行います。彼は、ギリシア軍がトロイアだけでなく周辺の都市を容赦なく略奪している状況や、さらに同盟国の中からもポリュメーストールのように敵側に寝返る者が現れ、トロイア側の立場が弱まっている現実を指摘しました。そして、これ以上の同盟国の離反や周辺地域の荒廃を防ぎ、戦況が決定的に悪化することを避けるためには、ヘレネーをギリシアに引き渡すのが賢明であると強く主張し、ヘクトールにその実行を懇願しました。

しかし、トロイアの総大将であったヘクトールは、弟パリスの行いが招いた悲劇を憂いながらも、ヘレネーがトロイアに保護を求めて滞在しているという状況、そして何よりも自身の名誉やトロイアの尊厳を守るという思いから、パントオスの現実的な進言を退け、ヘレネー返還を拒否しました。この決断は、トロイアのその後の運命を決定づける一つの要因となります。

パントオスは神官としてだけでなく、一部の伝承では戦士としても描かれています。ある説によれば、彼は戦闘の中でギリシア軍の勇猛な武将を四人も討ち取ったとされています。これは、彼の人物像に多様な側面があったことを示唆するものです。

彼の生涯は、トロイアの滅亡という悲劇と共に幕を閉じます。ローマの詩人ウェルギリウスが叙事詩『アエネーイス』の中で描いたトロイア陥落の凄惨な場面において、パントオスの最期が詳細に語られています。炎上し崩れ落ちるアポローン神殿から、神聖な遺物を運び出し、愛する幼い孫の手を引きながら、彼は必死に戦火から逃れようとしました。しかし、激しい混乱と殺戮の中で、彼の逃避行は成就せず、志半ばで命を落としたと伝えられています。パントオスの死は、トロイアという偉大な都市の滅亡がもたらした、数多くの悲劇の一つとして語り継がれています。

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