パーヴェル・ミリュコーフ

パーヴェル・ミリュコーフ：自由主義者、歴史学者、そして革命の渦中の人物

パーヴェル・ニコラエヴィチ・ミリュコーフ（1859年-1943年）は、帝政ロシア崩壊期を駆け抜けた歴史学者にして政治家です。自由主義政党・立憲民主党（カデット）の指導者として活躍し、二月革命後の臨時政府では外務大臣を務めました。その生涯は、激動のロシアの歴史と複雑に絡み合い、彼の思想と行動は、後のロシア革命に大きな影響を与えました。

学者としての歩みと自由主義への傾倒

建築家の家庭に生まれたミリュコーフは、モスクワ大学で歴史と言語を学びました。著名な歴史学者ヴァシリー・クリュチェフスキーに師事し、ロシア史研究の道を歩み始めます。経済的苦労を乗り越えながら学業に励み、モスクワ大学専任講師となります。しかし、自由主義的な活動が当局の反感を買って解雇され、投獄される経験もしました。獄中においても研究は続け、『ロシア文化史概論』を執筆しています。その後、アメリカやイギリスに渡り、シカゴ大学教授などを務め、国際的な視野を広げました。この間、ピョートル・クロポトキンやウラジーミル・レーニンらとも交流し、思想的な議論を交わしていたと伝えられています。

彼の歴史研究は、コンスタンチン・カヴェーリンやボリス・チチェーリンらの思想を踏まえつつ、オーギュスト・コントやハーバート・スペンサーの社会学理論も取り入れた独自のものです。「国家学派」と呼ばれる19世紀ロシア歴史学の中心的な潮流を継承しながらも、独自の文化的歴史考証を展開しました。

カデット党と第一次世界大戦

1905年の第一次ロシア革命を機に、ミリュコーフはピョートル・ストルーヴェらと共に立憲民主党（カデット）を結成、党の中心的役割を担いました。1907年には第三国会（ドゥーマ）議員に選出され、外交政策を中心に活躍します。第一次世界大戦勃発時には、戦争を支持する立場をとり、ダーダネルス海峡の攻略を目指すロシアの政策に賛同したことから「ダーダネルスのミリュコーフ」という異名で呼ばれることもありました。しかし、彼の次男は戦死しており、戦争の残酷さを身をもって知ることになります。

政府弾劾と革命への道

第一次世界大戦中のロシア政府の無能さを批判し、1915年には他の政党と「進歩ブロック」を結成。政府への批判を強め、1916年には首相やラスプーチンを激しく糾弾する演説を行いました。「これは愚かさか、それとも裏切りか？」という問いかけは、国民の怒りを呼び起こし、政府の総辞職を招く大きな力となりました。彼の演説は政府によって検閲されましたが、国民に広く行き渡り、革命への機運を高めました。

臨時政府と四月危機

1917年の二月革命後、ミリュコーフはリヴォフ公率いる臨時政府の外務大臣に就任しました。しかし、連合国との協調を重視し、戦争継続を主張したことから、厭戦気分の高まる国民の反発を招きます。4月20日に連合国に送った書簡（ミリュコーフ通牒）は、この対立を決定的なものにしました。国民の反発を受け、ミリュコーフは辞任を余儀なくされます（四月危機）。

亡命と晩年

十月革命後、ミリュコーフはペトログラードを脱出し、白軍側として活動しました。その後、イギリス、フランスに亡命し、反ボリシェビキ運動に関わりました。ロンドンでは「新ロシア」という週刊紙を発行し、パリではロシア語新聞「最新ニュース」の編集長を務めました。亡命生活の中で度重なる暗殺未遂にも遭い、その中にはナボコフの父であるウラジーミル・ナボコフがミリュコーフを庇って命を落とす事件も含まれていました。晩年は再び歴史研究に没頭し、1943年にフランスで亡くなりました。

ミリュコーフは、歴史学者として、そして政治家として、激動の時代に翻弄されながらも、自身の信念を貫き通した人物でした。彼の生涯は、自由主義、革命、そして亡命というキーワードを通して、20世紀初頭のロシアの歴史を理解する上で非常に重要な示唆を与えてくれます。

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