ヒペリオン (衛星)

土星の衛星ヒペリオン：スポンジのような異形の天体

ヒペリオンは、土星の第7衛星であり、ギリシア神話のティーターン神族の一人、ヒュペリーオーンにちなんで名付けられました。この衛星は、不規則な形状とカオス的な自転で知られ、その特異な外観は多くの研究者の興味を引いています。

発見と命名

ヒペリオンは1848年、ウィリアム・クランチ・ボンドとその息子ジョージ・フィリップス・ボンド、そしてウィリアム・ラッセルによってそれぞれ独立に発見されました。ボンド親子が最初に観測したものの、ラッセルが論文発表を先に行ったため、現在では3人が共同発見者として扱われています。当時、ジョン・ハーシェルが土星の衛星にギリシア神話の巨人から命名する規則を定めており、ラッセルもそれに従い、ヒュペリーオーンの名をヒペリオンに与えました。また、Saturn VIIという呼称も使用されています。

物理的特徴

形状

ヒペリオンは非常に不規則な形状をしており、短軸は約200km、長軸は約360kmにもなります。太陽系で2番目に大きい非球形の衛星であり、静水圧平衡の状態には達していません。この不規則な形状は、過去に大規模な天体衝突を経験した際の破片であるという説が有力です。その元となった母天体は直径350kmから1000kmと推定され、衝突によって生じた大量の破片がタイタンの大気に揮発性物質を供給した可能性も指摘されています。

組成

カッシーニ探査機の観測により、ヒペリオンの平均密度は0.5-0.6g/cm³と非常に低いことが明らかになりました。これは、大部分が水の氷で構成されており、岩石の含有量が少ないことを示唆しています。また、ヒペリオンは、重力的に緩く結びついたラブルパイル天体である可能性が高く、空隙率は約46%と推定されています。氷が主成分である点は他の土星の衛星と共通していますが、アルベドが0.2-0.3と低い値を示す点は特異です。これは、表面が暗い物質で覆われているためと考えられており、その暗い物質は、過去にイアペトゥス付近を通過したフェーベに由来する可能性が指摘されています。

表面の特徴

ヒペリオンの表面は、まるでスポンジのように無数の深いクレーターで覆われています。クレーターの縁が明瞭であることも特徴で、それぞれの底には他の表面よりも暗い物質が堆積しています。この赤い物質は炭素と水素からなる鎖式炭化水素を含んでおり、イアペトゥスなど他の土星の衛星でも確認されています。この特異な外観は、ヒペリオンの密度が非常に低いこと、そして多孔質な構造と関係していると考えられています。表面重力が小さいため、隕石衝突時に物質が掘削されるよりも表面が圧縮される傾向があり、放出された物質も重力に捉えられずに宇宙空間へ散逸してしまいます。これにより、明瞭な縁を持つクレーターが形成されると考えられています。

カオス的自転

ヒペリオンは、土星から平均150万kmの距離を約21.3日で公転しますが、その自転は非常に不規則で、周期も軸も一定ではありません。1981年のボイジャー2号の観測で、そのいびつな形と自転周期が公転周期と異なることが明らかになりました。これは、内側を公転する巨大な衛星タイタンとの3:4の平均運動共鳴が影響しており、自転がカオス的な運動になっているためです。カオス的な自転は予測が非常に難しく、わずかな差が時間とともに拡大します。ヒペリオンは、カオス的運動が確認された最初の天体となりました。なお、カオス的運動のリアプノフ時間は約30日です。このカオス的な自転は、表面が比較的均一であることと関連があると考えられています。

形成と進化

ヒペリオンの形成と進化を考える上で、タイタンとの3:4の平均運動共鳴が重要となります。従来のモデルでは、ヒペリオンが現在の軌道とは異なる位置で形成された後、潮汐力によって現在の軌道に移動したと考えられていましたが、軌道共鳴に捕獲されるためには不安定な領域を通過する必要があり、実際にはその過程は起こりにくいと考えられています。そのため、ヒペリオンは現在の軌道共鳴の位置で形成されたというモデルが有力となっています。このモデルでは、タイタンの軌道周辺に存在した物質が集積し、安定した領域に存在していたものがヒペリオンを形成したとされています。不安定な領域の物質は、タイタンの影響で軌道を失い、タイタンに衝突したり宇宙空間に放出されたと考えられています。

地形

ヒペリオンには、ボイジャーの観測写真に基づいて命名された5つの地名があります。

ドルスム：
ボンド＝ラッセル・ドルスム (Bond-Lassell Dorsum) ：発見者のボンド親子とラッセルにちなんで命名されました。
クレーター：
世界の神話に登場する太陽神や月の神にちなんで命名されました。
Bahloo (アボリジニ神話)
ヘリオス (ギリシャ神話)
ヤリーロ (スラヴ神話)
* メリ (ボロロ族神話)

ヒペリオンは、その特異な形状とカオス的な自転、そしてスポンジのような表面構造で、太陽系の中でも非常に興味深い天体の一つです。今後の研究によって、その形成と進化の過程がさらに解明されることが期待されます。

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