ヒュドラ (クトゥルフ神話)

ヘンリー・カットナー『ヒュドラ』：アストラル投影と異次元からの怪物

ヘンリー・カットナーのクトゥルフ神話作品『ヒュドラ』(1939年)は、ハリウッドに住む作家エドマンドとルドウィクが、入手したオカルト書に書かれたアストラル投影の実験を試みることから始まる。彼らは、バルチモアに住むオカルト研究家のスコットに助言を求める手紙を出すが、返事を待たずに実験を実行する。

実験中、エドマンドは意識がアメリカ大陸を横断し、無数の頭部が生えた灰色の海、すなわちヒュドラの姿を目撃する。同時にスコットも何者かの襲撃を受け、狂乱状態に陥る。実験後、スコットは謎の死を遂げ、首が消失し、現場には粘着性の物質が残されていた。スコットは死の間際にエドマンドに手紙を残し、ヒュドラの正体と、彼らが行った実験がヒュドラを地球上に呼び寄せるための罠であったことを告げる。

スコットの手紙によると、ヒュドラは外世界の深淵に棲む怪物で、生物の脳を喰らう。ギリシャ神話に登場するヒュドラは、この怪物の派生に過ぎないという。また、実験で使用された化学薬品は結晶化し、その結晶体が異次元への入り口となる。スコットは、ヒュドラに捕らわれながらも、この結晶体を介してルドウィクと交信し、助けを求める。

ルドウィクは結晶体を用いて異次元に入り、ヒュドラからスコットの首を切り離そうとするが、完全な救出には至らない。なぜなら、スコットの首だけでは現実世界に戻れないため、混沌の神アザトースの力によって胴体を再生する必要があるからだ。アザトースは万物の創造主であり、その混沌の力には、失われた肉体すら再構築できる可能性があるが、アザトースに近づきすぎると破滅を招く。

ルドウィクはアザトースへの接近を試みるが失敗し、エドマンドがその役目を引き継ぐ。エドマンドは異次元と現実世界を行き来する中で、ルドウィクは変質し、姿を消してしまう。エドマンドはアザトースの混沌に近づきつつも、恐怖からスコットを見捨て、結晶体を破壊しようとする。

最終的に、警察はエドマンドの部屋で、異次元の物質が付着したスコットの生首と、頸動脈を切られたエドマンドの死体を発見する。エドマンドが残した手記は、オカルトと麻薬の幻覚にまみれたものとして片付けられ、事件は不可解な怪死として報道される。

この物語は、アストラル投影というオカルト的要素と、クトゥルフ神話における宇宙的恐怖を巧みに融合している。ヒュドラは、単なる怪物ではなく、アザトースという混沌の力の象徴としての側面も持ち、人間の理性と恐怖の限界を突きつける存在として描かれている。また、スコットが残した手紙や、結晶体、そしてアザトースといった要素が、物語にミステリアスさと深みを与えている。

この作品において重要なのは、カットナーがラヴクラフトの母なるヒュドラを知った上で、同名の神格ヒュドラを創造した点である。その意図は不明だが、既存の神話に新たな解釈を加えることで、クトゥルフ神話を独自に発展させている。さらに、この作品は、アザトースが初めて登場した作品の一つであり、「万物はアザトースの思考で造られた」という記述の起源でもあると考えられている。

カットナーの『ヒュドラ』は、クトゥルフ神話の中でも特異な作品であり、オカルト、宇宙的恐怖、そして人間の業の複雑な絡み合いを、鮮やかに描き出した傑作と言えるだろう。様々な解釈や考察を呼び起こす、奥深い物語である。

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