ヒーザン

ヒーザン（Heathen）

『ヒーザン』は、イギリスを代表するミュージシャン、デヴィッド・ボウイによって2002年に発表された通算25作目のスタジオ・アルバムです。この作品は、彼が自ら設立した新レーベル「ISOレコード」からの第一弾リリースという点でも注目を集めました。さらに、プロデューサーとして、かつて『スペイス・オディティ』、『ハンキー・ドリー』、『ジギー・スターダスト』といったボウイの初期傑作群や、『ロウ』、『ヒーローズ』といったベルリン三部作を共に作り上げた盟友トニー・ヴィスコンティを、実に22年ぶりに制作パートナーとして迎えたことも、本作の大きなトピックとなっています。

アルバムタイトルの『ヒーザン』は「異教徒」を意味しており、その言葉が示すように、本作には未来が見えない、不確かな現代社会を生きる上での戸惑いや不安、そして精神的な支柱を失ったかのような感覚といったテーマが色濃く反映されています。リリース前年に発生したアメリカ同時多発テロ事件の悲劇的な出来事と、アルバム全体の醸し出す世界観が驚くほど重なり合うかのようです。しかし、興味深いことに、収録曲の歌詞の大部分はテロ事件発生よりも前に書き上げられていたと言われています。これは、ボウイが当時から既に時代の不安定さや精神的な揺らぎを敏感に察知していたことの証左と言えるかもしれません。

本作のレコーディングに入る少し前、ボウイとヴィスコンティは、1960年代に発表した自身の楽曲のセルフ・カヴァーに新曲を加えたアルバム『Toy』を制作していました。結果的にこの『Toy』はお蔵入りとなり、公式にはリリースされませんでしたが、その制作過程で生み出された新たな楽曲群が『ヒーザン』の土台となりました。「Slip Away」や「Afraid」といった楽曲は、この『Toy』のセッションから派生し、『ヒーザン』に収録されるに至ったものです。このように、未発表に終わった前プロジェクトが、形を変えて新たな傑作へと繋がった経緯も、本作の背景として語られるべき重要なエピソードです。

アルバムには、ザ・フーのギタリストであるピート・タウンゼントや、フー・ファイターズ／ニルヴァーナのデイヴ・グロールといった豪華なゲストミュージシャンが参加しており、彼らの貢献も作品に厚みを与えています。

リリース形態も多様でした。最初に初回限定盤として2枚組の仕様で登場し、続いて通常盤、LPサイズのジャケットが付属したCD、そしてアナログ盤が発売されました。特に注目すべきは、本作がデヴィッド・ボウイの過去のカタログ作品を含めて、初めて5.1chサラウンド音声に対応したスーパーオーディオCD（SACD）としてリリースされたことです。これは、当時の最先端のオーディオフォーマットを積極的に取り入れた事例として特筆されます。さらに、2007年6月には紙ジャケット仕様で再発され、その際にはオリジナル盤には未収録だったシングルのみに収められていた楽曲など、多数のボーナストラックが追加収録され、ファンにとっては嬉しい内容となりました。

アルバムリリースに伴って行われたツアーでは、時にボウイのキャリアの中でも特に実験的で評価の高い作品である『ロウ』の全曲演奏と対になる形で『ヒーザン』の楽曲群が披露されるなど、ユニークなセットリストが組まれたこともあり、新旧の作品が鮮烈なコントラストを描きました。

本作『ヒーザン』は、ヴィスコンティとの長年の時を経ての再会、自身のレーベルからの出発、そして時代の不安をテーマにした楽曲群によって、ボウイの21世紀における活動の重要な一歩を印す作品となりました。その後に続く作品群へと繋がる、円熟期ボウイの新たなモードを示すアルバムと言えるでしょう。

収録曲

1. Sunday (4:45)
2. Cactus (2:54)
3. Slip Away (6:04)
4. Slow Burn (4:41)
5. Afraid (3:28)
6. I've Been Waiting for You (3:00)
7. I Would Be Your Slave (5:13)
8. I Took a Trip on a Gemini Spaceship (4:06)
9. 5:15 The Angels Have Gone (5:01)
10. Everyone Says 'Hi' (3:57)
11. A Better Future (4:11)
12. Heathen (The Rays) (4:16)

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