ピアノソナタ第3番 (ブラームス)

ブラームス：ピアノソナタ第3番 ヘ短調 作品5

ヨハネス・ブラームスがわずか20歳で作曲したピアノソナタ第3番 ヘ短調 作品5は、彼が生涯に発表したピアノソナタとしては最後の作品にあたります。1853年にデュッセルドルフで完成されたこのソナタは、同年の11月には既に、当時著名な音楽家・批評家であったロベルト・シューマンの許へ届けられていました。ブラームスが自作についてシューマンの意見を仰ぐために楽譜を送ったのは、結果としてこの作品が最後となりました。

このソナタは、作曲者の若いエネルギーが溢れ出すと同時に、将来の大規模な管弦楽作品を予感させるような、既に成熟した作曲技法が用いられている点が特筆されます。20歳という年齢にも関わらず、後の交響曲作品に通じるような強固な構成力や、声部が複雑に絡み合う多声的な書法が随所に現れています。同時に、作品全体を貫く情熱的で力強い表現は、若きブラームスのほとばしる感情を見事に描き出しています。

出版を巡る経緯もまた興味深いエピソードを含んでいます。ブラームスの初期のピアノソナタ、例えば第1番や第2番がブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版されたのとは異なり、この第3番はライプツィヒのゼンフ社から世に出されました（このゼンフ社は後にジムロック社に売却されています）。さらに、当初ブラームスはイ短調のヴァイオリンソナタを出版する計画を持っていたものの、これを撤回して楽譜を破棄し、代わりにこのヘ短調のピアノソナタを出版することにしたと伝えられており、その背景には今なお謎めいた部分が残されています。

作品は、ライプツィヒのイーダ・フォン・ホーエンタール伯爵夫人に献呈されています。

構成

このピアノソナタは全5つの楽章からなる非常に力のこもった作品であり、全ての楽章を通して演奏するにはおよそ40分程度の時間を要します。各楽章は以下のような特徴を持っています。

1. 第1楽章：Allegro maestoso （ソナタ形式）
「堂々としたアレグロ」と指示されたソナタ形式の楽章です。冒頭に提示される短いながらも印象的な動機は、楽章内だけでなく、形を変えながら全曲を通して繰り返し現れ、作品全体の統一性を高める役割を果たしています。力強く、スケールの大きな音楽が展開されます。

2. 第2楽章：Andante espressivo - Andante molto
「表情豊かに、そして非常に遅く」と速度が変化する緩徐楽章です。楽譜の冒頭には、詩人C.O.シュテルナウ（本名オットー・インカーマン）の詩「若き恋」からの一節が引用されており、この楽章が持つ抒情的で内省的な性格に文学的な深みを与えています。夢見るような美しい旋律と深い感情表現が特徴です。

3. 第3楽章：Scherzo. Allegro energico - Trio
「力強いアレグロ」によるスケルツォ楽章と、その中間部であるトリオからなります。主要部の主題は、メンデルスゾーンが晩年に作曲したピアノ三重奏曲第2番の終楽章の第1主題から霊感を得て書かれたとされており、主題の扱い方においても、メンデルスゾーンの作品と同様に模倣（カノン的な書法）が効果的に用いられています。トリオは、主要部とは対照的に、コラール風の穏やかで厳粛な響きを持ち、これもまたメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第2番終楽章の第2主題に見られる書法との関連が指摘されています。

4. 第4楽章：Intermezzo (Rückblick). Andante molto
「間奏曲（回想）」と題され、「非常に遅く」演奏されます。このタイトルも第2楽章と同様にシュテルナウの詩の題名に由来しており、まるでこれまでの楽章の旅を振り返るかのような、静かで瞑想的な雰囲気を持ちます。

5. 第5楽章：Finale. Allegro moderato ma rubato （ロンド形式）
「終曲」と題されたロンド形式の楽章です。「適度な速さで、しかしルバートを伴って」と指示されており、テンポを柔軟に変化させながら演奏されます。第1楽章の冒頭動機が再び登場するなど、全曲の循環的な統一性が図られています。エネルギッシュな部分と抒情的な部分が交互に現れながら、壮大なクライマックスへと向かい、作品全体を力強く締めくくります。

ブラームスのピアノソナタ第3番は、若き天才の情熱と、既に確立されつつあった彼の作曲様式が見事に融合した、初期作品の最高峰の一つとして、その後のブラームスの創作活動を理解する上でも非常に重要な位置を占める作品です。

もう一度検索