ピアノ三重奏曲第1番 (シューベルト)

ピアノ三重奏曲第1番 変ロ長調 作品99、D898

フランツ・シューベルト（Franz Schubert, 1797-1828）によって作曲された《ピアノ三重奏曲第1番 変ロ長調 作品99、D898》は、ヴァイオリン、チェロ、ピアノという編成のために書かれた室内楽曲です。作品番号99、そしてオットー・ドイッチュによるシューベルト作品目録ではD898として知られています。シューベルトの死後に刊行されたため、「遺作」として扱われることもあります。

創作背景と成立時期

シューベルトは生涯で4曲のピアノ三重奏曲を手がけたとされますが、最も初期の作品（D28）は彼が15歳頃にあたる1812年に書かれた習作に近いものです。一方、残りの3曲、すなわち本作D898と第2番ニ長調D929、そして単一楽章の変ホ長調D897（ノットゥルノ）は、30歳を迎えた円熟期、1827年から1828年にかけて作曲されました。

本作D898の作曲時期については、一般的に1827年とされています。この時期は、シューベルトが歌曲集『冬の旅』や後期三大ピアノソナタ（第19番、第20番、第21番）といった、今日傑作として高く評価される作品群を生み出した、創造力の絶頂期にあたります。しかし、本作と第2番D929のどちらが先に作曲されたのかについては、音楽学者の間でも意見が分かれており、確定していません。オットー・ドイッチュは第1番が後に書かれたと推測しましたが、音楽学者でありピアニストでもあるエーヴァ・バドゥラ＝スコダは、現在の番号付け通り第1番が先に成立したと考えており、この問題は未だに議論の的となっています。

初演と出版の経緯

本作の公開初演は、作曲と同年の1827年12月26日に、ウィーンの楽友協会で開催された演奏会にて行われたと記録されています。演奏は、名ヴァイオリニストであるイグナーツ・シュパンツィヒが率いる弦楽四重奏団のメンバーによって担われました。ただし、この公開初演に先立ち、翌年1月28日に私的に初演されたという説も存在します。

初版譜の出版には時間を要しました。自筆譜が紛失したことに加え、作曲者シューベルトが1828年に急逝したことが影響し、出版は遅延しました。ようやく初版譜が世に出たのは、シューベルトの死から8年後の1836年、ウィーンのディアベッリ社からでした。このように、作曲者の生前に出版が実現しなかったため、本作は「遺作」と呼ばれるようになりました。

楽曲構成

作品は全4楽章で構成されており、一般的な演奏時間は約40分です。

第1楽章：Allegro moderato, 変ロ長調, ソナタ形式

ピアノが軽やかな8分音符の伴奏を刻む中、ヴァイオリンとチェロがユニゾンで朗々と主要主題を提示します。明るく闊達な性格を持つ楽章で、第2主題も歌謡的な魅力に溢れています。

第2楽章：Andante un poco mosso, 変ホ長調, 三部形式

叙情的な緩徐楽章です。チェロが奏で始めるロマンティックで美しい主題が印象的です。その後ヴァイオリンが加わり、二つの弦楽器が繊細な対話や掛け合いを展開します。この楽章は、同時代の作曲家ロベルト・シューマンによって特に高く評価されたことで知られています。

第3楽章：Scherzo. Allegro, 変ロ長調, 三部形式

軽快なスケルツォ楽章です。楽章の冒頭はピアノのソロで始まり、その特徴的な音形をヴァイオリン、次いでチェロが応答するように模倣しながら加わって展開されます。中間部（トリオ）とのコントラストも聴きどころです。

第4楽章：Allegro vivace - Presto, 変ロ長調, ロンド形式

活気あふれる終楽章です。ヴァイオリンによって奏される伸びやかなロンド主題で開始します。快活な旋律が様々に展開され、聴衆を惹きつけます。楽章の終盤では、拍子が変化する点も特徴的です。具体的には2分の4拍子から3分の2拍子への変化が見られます。

評価

本作は、シューベルトの室内楽作品の中でも特に人気が高く、その澄み切った美しい旋律と、各楽器が生き生きと絡み合う対話によって、しばしば演奏される機会の多い傑作として今日でも広く親しまれています。

もう一度検索