ピアノ協奏曲第4番 (ベートーヴェン)

ピアノ 協奏曲第4番ト長調作品58

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが作曲したピアノ協奏曲の一つ、ピアノ協奏曲第4番ト長調作品58は、彼の創作活動における重要な位置を占める作品です。

概要

この楽曲は、ベートーヴェンがピアノ協奏曲第3番を完成させた翌年の1805年に作曲が開始され、1806年に完成されました。この時期は、唯一のオペラ作品『フィデリオ』の原型となった『レオノーレ』の初稿が初演された年でもあり、ベートーヴェンの創作意欲が旺盛な時期でした。

本作品の最大の特徴は、従来のピアノ協奏曲の常識を覆す、冒頭の構成にあります。当時の協奏曲では、まずオーケストラが力強く主題を提示し、それに続いて独奏楽器が登場して華やかに技巧を披露するのが一般的でした。しかし、ベートーヴェンは本作で、いきなり独奏ピアノによる、静かで穏やかなアルペジオで曲を開始するという斬新な手法を取り入れました。これは当時の聴衆にとって全く予期せぬことであり、大きな驚きと感動をもって迎えられたと伝えられています。

さらに、ベートーヴェンは、単にオーケストラが伴奏に徹し、独奏楽器が主役となるだけでなく、オーケストラと独奏ピアノが互いに対話し、響き合うような作曲技法を駆使しました。これは、楽器間の相互作用を深め、協奏曲というジャンルに新たな次元をもたらすものでした。

作曲当時のピアノは、現在流通している楽器と比較して音量が小さかったため、オーケストラと対等に渡り合うための工夫も凝らされています。独奏ピアノパートでは、分散和音やトレモロといった技巧を多用して音響的な存在感を高める一方、オーケストラ側では、楽章によって編成を意図的に限定しています。例えば、第1楽章ではティンパニとトランペットを使用せず、第2楽章では弦楽合奏のみに限定することで、ピアノの音色が際立つように配慮されています。

初演と献呈

本作品の初演は二段階で行われました。まず1807年3月、ウィーンのロプコヴィッツ侯爵邸の広間にて、小規模なオーケストラを用いて非公開で披露されました。その後、1808年12月22日に、同じくウィーンのアン・デア・ウィーン劇場で開催された大規模な演奏会において公開初演が行われました（この演奏会では交響曲第5番や第6番なども初演されました）。

いずれの初演においても、ピアノ独奏は作曲者自身が務めました。しかし、長年進行していた難聴のため、このピアノ協奏曲第4番は、ベートーヴェン自身が独奏者として初演に参加した最後のピアノ協奏曲となりました。

この作品は、ベートーヴェンの主要な支援者であり、彼にピアノと作曲を学んだとされるルドルフ大公に献呈されています。

楽器編成

独奏ピアノ、フルート1、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部（ヴァイオリン2部、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）

楽曲構成

全3楽章で構成されており、一般的な演奏時間はおよそ36分です。

第1楽章 Allegro moderato ト長調 4/4拍子

協奏的ソナタ形式で書かれています。前述のように、弱音によるピアノ独奏で主題が提示されるという、当時の常識を破る開始が聴き手を引きつけます。この主題に対し、オーケストラがロ長調で応答するという調的な対比も新鮮な印象を与えます。作曲者自身によるカデンツァが2種類（約100小節と約50小節）存在し、多くのピアニストは長い方のカデンツァを選択します。ブラームス、クララ・シューマン、ブゾーニ、メトネルといった高名な作曲家やピアニストも独自のカデンツァを書いています。

第2楽章 Andante con moto ホ短調 2/2拍子

自由な形式で書かれた、非常に印象的な楽章です。オーケストラは、低音に抑えられた弦楽器群のユニゾンのみで演奏され、厳しく問いかけるような短いフレーズを奏でます。これに対し、独奏ピアノは即興的で瞑想的な旋律を歌い上げ、まるでオーケストラとピアノが真剣な対話をしているかのような緊密なやり取りが繰り広げられます。

第3楽章 Rondo Vivace ト長調 2/4拍子

活気に満ちたロンド形式の終楽章です。主調はト長調ですが、主題はハ長調で提示されます。ベートーヴェン自身によるカデンツァ（約35小節）が1種類ありますが、ヴィルヘルム・バックハウスによるドラマティックで技巧的なカデンツァをはじめ、ヨゼフ・ホフマン、エドウィン・フィッシャー、ヴィルヘルム・ケンプ、アルトゥール・ルービンシュタインといった著名なピアニストたちも独自の解釈によるカデンツァを用いた演奏を残しています。

幻の初演改訂版

今日一般的に演奏・出版されている楽譜は、1806年の完成版に基づいています。しかし、1808年の公開初演時、ベートーヴェンがさらに楽曲に手を加えて演奏した形跡があることが知られていました。この改訂版の楽譜は長らく所在不明でしたが、音楽学者のバリー・クーパーが、当時の写譜に残された作曲者の注釈を手がかりに、この「改訂版」の復元に成功しました。この復元版による演奏は、録音としてリリースされ、聴くことが可能となっています。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番は、その革新的な開始と内省的な美しさ、そして楽器間の深い対話によって、後世の作曲家や演奏家に多大な影響を与えた傑作として、今も世界中で愛され続けています。

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