アルトゥール・ルービンシュタイン

アルトゥール・ルービンシュタイン（1887年 1月28日 - 1982年12月20日）は、ポーランドに生まれた、20世紀を代表する偉大なピアニストの一人です。彼は幅広いレパートリーで国際的な名声を確立しましたが、特にフレデリック・ショパンの作品に対する深い洞察と卓越した演奏で知られ、同時代を代表するショパン弾きと評されました。80年にも及ぶその長い演奏家人生は、世界の主要なコンサートホールで輝きを放ちました。

前半生はヨーロッパを中心に、後半生はアメリカ合衆国を拠点に活動しました。ショパン以外にも、ヨハネス・ブラームスの重厚な作品や、スペイン、南米の色彩豊かなピアノ音楽を得意としていました。

生涯とキャリア

幼少期と才能の開花

ルービンシュタインは、アールトゥル（Artur Rubinstein）として、ポーランドのウッチでユダヤ系ポーランド人の家庭に生まれました。8人兄弟の末子であり、父は裕福な工場主でした。彼の並外れた音楽的才能は、わずか2歳の時に姉のピアノのレッスンを耳にし、それを即座に正確に再現したことから明らかになります。これは彼が絶対音感を持っていることの証でもありました。本人も4歳になる頃には、自らが神童であることを自覚していたといいます。

著名なヴァイオリニストであったヨーゼフ・ヨアヒムは、4歳のルービンシュタインの演奏を聴き、強い感銘を受けました。「この少年は偉大な音楽家になるかもしれない。彼には確かに才能がある」と語り、将来的な音楽教育への協力を申し出たのです。7歳になった1894年12月14日、ルービンシュタインはモーツァルト、シューベルト、メンデルスゾーンの作品で公式デビューを果たしました。

修業と初期の苦難

10歳でベルリンに移り、音楽の研鑽を積みました。ヨアヒムの推薦により、カール・ハインリヒ・バルトにピアノを師事します。13歳の年には、ベルリン交響楽団との共演を実現させました。

1904年にはパリへ渡り、カミーユ・サン＝サーンス、ポール・デュカス、モーリス・ラヴェルといったフランスの作曲家たちや、ヴァイオリニストのジャック・ティボーらと交流を深めます。特にサン＝サーンスの前で、彼のピアノ協奏曲第2番を演奏したエピソードは知られています。また、ユリウシュ・ヴェルトハイメル一家を通じて、ヴァイオリニストのパウル・コハンスキや作曲家のカロル・シマノフスキとも親密な関係を築きました。

1906年、ニューヨークのカーネギー・ホールでのリサイタルは聴衆には支持されたものの、評論家からは厳しい批評を受けました。これを受けて、彼は約4年間にわたり演奏活動を一時中断し、自身の技巧と表現力を徹底的に磨き直すことに専念します。その後、アメリカ、オーストリア、イタリア、ロシアなどで演奏旅行を行いましたが、経済的な困窮と借金取りの追及に苦しみ、1908年には自殺未遂という深刻な危機を経験しました。1910年のアントン・ルービンシュタイン国際ピアノコンクールでの優勝も、ユダヤ人としての背景から差別を受けるという辛い経験が伴いました。

国際的な活躍と転機

1912年にロンドンデビューを果たし、以降同市チェルシーに定住しました。この地のドレイパー兄弟のサロンは、ウジェーヌ・イザイ、イーゴリ・ストラヴィンスキー、ジャック・ティボー、パブロ・カザルスといった著名な音楽家が集まる場となり、ルービンシュタインは彼らとの交流から多くの刺激を受けました。第一次世界大戦中は主にロンドンに滞在し、イザイの伴奏者を務めることもありました。

1916年から1917年にかけてスペインと南米を旅行し、そこで熱狂的な歓迎を受けました。この経験は彼に大きな影響を与え、同時代のスペインや南米の作曲家の作品を積極的に取り上げ、数多くの新作の初演を行いました。

1932年、彼は再び一時的に演奏活動を離れ、数年間をかけて自身の技術とレパートリーの拡充に集中的に取り組みます。この年に、指揮者エミル・ムイナルスキの娘アニエラと結婚し、生涯で4人の子供をもうけました。娘のエヴァは神学者ウィリアム・スローン・コフィンと結婚し、息子のジョンは俳優・作曲家として活躍しました。

第二次世界大戦中はアメリカに滞在し、1946年にアメリカ合衆国の市民権を取得しました。

レパートリーと録音

ルービンシュタインのレパートリーは古典派から現代音楽まで多岐にわたりますが、その膨大なディスコグラフィーの中でも、特にロマン派作品の録音は中心的な位置を占めます。中でもショパンは彼にとって特別な存在であり、ニューヨーク・タイムズの記事では「彼が比類ない存在と見なされているのは、ショパン弾きとしてである」とまで記されました。彼は練習曲の一部を除き、ショパンの主要作品のほとんどを録音しています。また、20世紀初頭のフランス（ラヴェル、ドビュッシー）、スペイン、南米の作品をいち早く世界に紹介した演奏家の一人としても知られ、祖国ポーランドのカロル・シマノフスキの初期の有力な擁護者でもありました。ヨハネス・ブラームスへの深い敬愛も示し、アレクサンドル・スクリャービンを大いに不機嫌にさせたというエピソードも残っています。

レコード録音という新しい技術にも早くから着目し、SP盤の時代から約50年にわたり、数多くの録音を残しました。アコースティック録音の音質には当初満足していなかったようですが、1928年の電気録音の登場とその音質の向上に感激し、以降は積極的に録音セッションに臨むようになりました。1929年にはブラームスのピアノ協奏曲第2番の世界初録音を行っています。同一曲を複数回録音していることも多く、これにより、今では貴重となった「19世紀の大芸術家」たちの演奏様式を比較研究することが可能となっています。生涯、スタジオ録音を好んだため、存命中に公式にリリースされたライブ音源は極めて少なかったですが、彼の死後、ラジオ放送などの記録が数多くCD化されました。

室内楽と現代音楽

ソリストとして圧倒的な存在感を放つ一方、ルービンシュタインは室内楽奏者としても極めて高い能力を発揮しました。ヤーシャ・ハイフェッツ、エマーヌエル・フォイアーマン（後にグレゴール・ピアティゴルスキー）とのピアノ三重奏団は特に有名で、彼らの共演は宣伝担当者によって「百万ドルトリオ」と名付けられましたが、ルービンシュタイン自身はこの呼称を好まなかったとされます。ハイフェッツとの間には芸術的、人間的な対立が多く、1950年以降は共演が途絶えました。後の室内楽録音では、ヘンリク・シェリングやピエール・フルニエといった名手たちと組み、ブラームスやシューベルトなどの作品でグラミー賞を複数回受賞するなど、深いアンサンブルを実現させています。

20世紀前半、現代音楽の擁護者でもあったルービンシュタインには、ストラヴィンスキー、ヴィラ＝ロボス、ファリャ、プーランク、シマノフスキといった同時代の多くの作曲家から、彼の卓越したピアニズムを追求した作品が献呈されました。スヴャトスラフ・リヒテルは、若い頃のルービンシュタインの演奏のムラを指摘する一方、晩年のルービンシュタインとの交流を温かく振り返っています。ルービンシュタイン自身もリヒテルを「我々の中で最も偉大な音楽家」と最大限に称賛しており、お互いを深く認め合う関係性でした。戦後は視力低下もあり、現代音楽の新しい作品に取り組むことは少なくなりましたが、初期に支援した作曲家への敬意は失わず、カーネギー・ホールでシマノフスキを取り上げるなどしています。

人物像

ルービンシュタインは、音楽家としての偉大さだけでなく、その華やかな人柄でも知られています。演奏旅行には女性秘書を伴うなど、いわゆる「遊び人」的な一面もあったとされますが、同時に稀代の美食家としても知られ、各国の高級レストランには彼のための特別メニューが存在したというエピソードが残っています。指揮者の小澤征爾も、ルービンシュタインとの度重なる豪華な食事の思い出を語っています。

8ヶ国語を流暢に操る語学力に加え、彼は驚異的な記憶力と音感の持ち主でもありました。列車での移動中にフランクの交響的変奏曲をピアノ無しで暗譜したり、頭の中で交響曲全体を完璧に再生できたというエピソードは有名です。また、ブレゲの顧客リストに名を連ねるなど、非常におしゃれな人物でした。

晩年と引退

1960年にはショパン国際ピアノコンクールの審査委員長を務め、この時の優勝者マウリツィオ・ポリーニを「我々の誰よりも上手い」と絶賛したルービンシュタインのコメントは語り草となっています。1973年には自伝「華麗なる旋律」を執筆しました。飛蚊症による視力低下のため、1976年に演奏活動からの引退を表明し、最後のコンサートはロンドンのウィグモア・ホールで行われました。

1982年12月20日、ジュネーヴで安らかに息を引き取りました。遺体は火葬され、その遺灰は彼の遺志により、1年後にエルサレムに埋葬されました。

日本へも二度訪れており、1935年（昭和10年）に初来日し、新交響楽団（現在のNHK交響楽団）と共演しています。1966年（昭和41年）の再来日時には、同じ武道館でザ・ビートルズのコンサートの直後に演奏を行うというユニークな経験もしています。

80年にも及ぶ長いキャリアの中で、ルービンシュタインは世界中の聴衆を魅了し続けました。その卓越した技術、深い音楽性、そして華やかな人間性は、今なお多くの人々に語り継がれています。

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