ピアノ協奏曲第5番 (サン＝サーンス)
カミーユ・サン＝サーンス晩年の傑作の一つとして知られる「ピアノ協奏曲第5番ヘ長調 作品103」は、1896年に完成された作曲者にとって最後のピアノ協奏曲にあたります。「エジプト風（L'Égyptien）」という愛称で親しまれていることからもわかるように、異国情緒あふれる響きが作品全体を彩っています。
この作品が生まれた背景には、サン＝サーンスの長い音楽活動における重要な節目がありました。彼が公衆の前でピアニストとして初めて演奏してからちょうど50年目にあたる1896年、パリのサル・プレイエルにて記念のコンサートが開催されました。その祝典のために、サン＝サーンスは同年3月から4月にかけてこの第5番協奏曲を書き上げました。初演はその記念コンサートで行われ、当時61歳だった作曲者自身がピアノ独奏を担当しています。楽譜は同年のうちに刊行され、2台ピアノ版は献呈相手であるルイ・ディエメによって編曲されました。
作品が書かれたのは、サン＝サーンスが冬の間滞在していたエジプトのカイロでした。この地での見聞や経験が音楽に深く影響を与えており、作品には東洋的あるいはエキゾティックな雰囲気が色濃く反映されています。そのため、この協奏曲はサン＝サーンスとしては珍しく、ある種の標題性を持つ「絵画的」な性格を帯びています。また、ここではピアニストの技巧を誇示する従来の「巨匠型」の協奏曲から一歩距離を置き、より洗練された手法で、地中海地方を思わせる明朗で透明な響きを追求しています。
一方で、高度な技巧が要求されるためか、この作品が演奏される機会は他の有名協奏曲に比べてそれほど多くありません。世界初の録音が行われたのは比較的遅く、1943年に日本において、ピアニスト草間加壽子、指揮尾高尚忠、東京交響楽団による演奏でした。
楽器編成は、独奏ピアノに加え、オーケストラは標準的な二管編成に準ずるものです。ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニが用いられます。特筆すべきは、打楽器にタムタムが含まれている点です。これに一般的な弦楽五部（第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）が加わります。
曲は全3楽章構成で、標準的な演奏時間は約28分です。
第1楽章 アレグロ・アニマート (Allegro animato)
ヘ長調、4分の3拍子、ソナタ形式で書かれています。冒頭、独奏ピアノによって簡潔ながらも活き活きとした第1主題が提示されます。続いて同じくピアノが、ニ短調によるヘミオラのリズムが特徴的な第2主題を奏でます。サン＝サーンスの作品によく見られるように、提示部にはこれらの主要主題のほかにも多様な楽想が次々と現れ、色彩豊かに展開されていきます。
第2楽章 アンダンテ - アレグレット・トランクイッロ・クアジ・アンダンティーノ (Andante - Allegretto tranquillo quasi andantino)
ニ短調、4分の3拍子（後に4分の2拍子）、三部形式。この楽章こそが「エジプト風」という愛称の由来となった部分であり、作品の核心ともいえるでしょう。両端部分は、前楽章の明快さとは対照的な、深くエキゾティックな情緒に満ちています。三部形式を採ってはいますが、主部の再現は短縮されています。中間部では調性がト長調に、拍子が4分の2に変化し、サン＝サーンスがナイル川で耳にしたという、ヌビアの愛の歌に基づくとされるメロディが、切々と歌い上げられます。また、サン＝サーンス自身が言及したように、「コオロギやカエルの鳴き声」を模倣したようなユニークな音響効果も聞かれます。さらに後半には、東洋の神秘的な響きを思わせるガムラン風のテクスチュアも登場し、楽章の異国情緒を深めます。この楽章では、保守的と見なされがちなサン＝サーンスが、音響的な実験を行っている点も注目されます。メロディに倍音列を意識したとされる12度、あるいは長17度上（第3、第5倍音）の音を付加することで、特殊な響きを生み出そうと試みているのです。
第3楽章 モルト・アレグロ (Molto Allegro)
ヘ長調、4分の2拍子、自由なソナタ形式。サン＝サーンスはこの楽章を「航海の楽しみ」と表現しており、船のプロペラが力強く回る様子が音楽で描写されているといわれています。サン＝サーンスの音楽の特色である明朗で清新な響きが、このフィナーレでは特に強く、そして効果的に現れています。16小節の導入部を経て、独奏ピアノが軽快かつ快活な第1主題を提示します。経過部が続いた後、ト長調の伸びやかな第2主題がまず弦楽器によって提示され、独奏ピアノがそれを繰り返します。コデッタ主題もピアノが奏でます。展開部は、このコデッタ主題を中心に取り扱われながら開始されます。再現部では、第1主題が新たな発展を伴って再び現れます。その後、第2主題、コデッタが続きます。最終的には、コデッタ主題と第2主題に基づいた華やかで推進力のあるコーダによって曲全体が締めくくられます。なお、この楽章全体は後にサン＝サーンス自身によって、ピアノ独奏用の『練習曲 ヘ長調 作品111-6』として編曲されています。
「エジプト風」の愛称にふさわしく、異国情緒とサン＝サーンスらしい明快さ、そして円熟期の洗練されたピアニズムが見事に融合した作品であり、特に第2楽章はオリエンタルな雰囲気が際立つ、サン＝サーンスの探求心や遊び心が垣間見える魅力的な一曲です。
この作品が生まれた背景には、サン＝サーンスの長い音楽活動における重要な節目がありました。彼が公衆の前でピアニストとして初めて演奏してからちょうど50年目にあたる1896年、パリのサル・プレイエルにて記念のコンサートが開催されました。その祝典のために、サン＝サーンスは同年3月から4月にかけてこの第5番協奏曲を書き上げました。初演はその記念コンサートで行われ、当時61歳だった作曲者自身がピアノ独奏を担当しています。楽譜は同年のうちに刊行され、2台ピアノ版は献呈相手であるルイ・ディエメによって編曲されました。
作品が書かれたのは、サン＝サーンスが冬の間滞在していたエジプトのカイロでした。この地での見聞や経験が音楽に深く影響を与えており、作品には東洋的あるいはエキゾティックな雰囲気が色濃く反映されています。そのため、この協奏曲はサン＝サーンスとしては珍しく、ある種の標題性を持つ「絵画的」な性格を帯びています。また、ここではピアニストの技巧を誇示する従来の「巨匠型」の協奏曲から一歩距離を置き、より洗練された手法で、地中海地方を思わせる明朗で透明な響きを追求しています。
一方で、高度な技巧が要求されるためか、この作品が演奏される機会は他の有名協奏曲に比べてそれほど多くありません。世界初の録音が行われたのは比較的遅く、1943年に日本において、ピアニスト草間加壽子、指揮尾高尚忠、東京交響楽団による演奏でした。
楽器編成は、独奏ピアノに加え、オーケストラは標準的な二管編成に準ずるものです。ピッコロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニが用いられます。特筆すべきは、打楽器にタムタムが含まれている点です。これに一般的な弦楽五部（第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）が加わります。
曲は全3楽章構成で、標準的な演奏時間は約28分です。
第1楽章 アレグロ・アニマート (Allegro animato)
ヘ長調、4分の3拍子、ソナタ形式で書かれています。冒頭、独奏ピアノによって簡潔ながらも活き活きとした第1主題が提示されます。続いて同じくピアノが、ニ短調によるヘミオラのリズムが特徴的な第2主題を奏でます。サン＝サーンスの作品によく見られるように、提示部にはこれらの主要主題のほかにも多様な楽想が次々と現れ、色彩豊かに展開されていきます。
第2楽章 アンダンテ - アレグレット・トランクイッロ・クアジ・アンダンティーノ (Andante - Allegretto tranquillo quasi andantino)
ニ短調、4分の3拍子（後に4分の2拍子）、三部形式。この楽章こそが「エジプト風」という愛称の由来となった部分であり、作品の核心ともいえるでしょう。両端部分は、前楽章の明快さとは対照的な、深くエキゾティックな情緒に満ちています。三部形式を採ってはいますが、主部の再現は短縮されています。中間部では調性がト長調に、拍子が4分の2に変化し、サン＝サーンスがナイル川で耳にしたという、ヌビアの愛の歌に基づくとされるメロディが、切々と歌い上げられます。また、サン＝サーンス自身が言及したように、「コオロギやカエルの鳴き声」を模倣したようなユニークな音響効果も聞かれます。さらに後半には、東洋の神秘的な響きを思わせるガムラン風のテクスチュアも登場し、楽章の異国情緒を深めます。この楽章では、保守的と見なされがちなサン＝サーンスが、音響的な実験を行っている点も注目されます。メロディに倍音列を意識したとされる12度、あるいは長17度上（第3、第5倍音）の音を付加することで、特殊な響きを生み出そうと試みているのです。
第3楽章 モルト・アレグロ (Molto Allegro)
ヘ長調、4分の2拍子、自由なソナタ形式。サン＝サーンスはこの楽章を「航海の楽しみ」と表現しており、船のプロペラが力強く回る様子が音楽で描写されているといわれています。サン＝サーンスの音楽の特色である明朗で清新な響きが、このフィナーレでは特に強く、そして効果的に現れています。16小節の導入部を経て、独奏ピアノが軽快かつ快活な第1主題を提示します。経過部が続いた後、ト長調の伸びやかな第2主題がまず弦楽器によって提示され、独奏ピアノがそれを繰り返します。コデッタ主題もピアノが奏でます。展開部は、このコデッタ主題を中心に取り扱われながら開始されます。再現部では、第1主題が新たな発展を伴って再び現れます。その後、第2主題、コデッタが続きます。最終的には、コデッタ主題と第2主題に基づいた華やかで推進力のあるコーダによって曲全体が締めくくられます。なお、この楽章全体は後にサン＝サーンス自身によって、ピアノ独奏用の『練習曲 ヘ長調 作品111-6』として編曲されています。
「エジプト風」の愛称にふさわしく、異国情緒とサン＝サーンスらしい明快さ、そして円熟期の洗練されたピアニズムが見事に融合した作品であり、特に第2楽章はオリエンタルな雰囲気が際立つ、サン＝サーンスの探求心や遊び心が垣間見える魅力的な一曲です。
もう一度検索
【記事の利用について】
タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。
【リンクついて】
リンクフリーです。