ピエタ (ミケランジェロ)

ミケランジェロのピエタ像

この項では、イタリアの芸術家ミケランジェロ（1475年 - 1564年）が制作した4体のピエタ像について解説します。ピエタとは、十字架から降ろされたイエス・キリストの亡骸を抱く聖母マリアをモチーフとした宗教的な彫刻や絵画のことです。ミケランジェロは生涯に4体のピエタを制作しましたが、完成したのは『サン・ピエトロのピエタ』のみで、他の3体は未完成のまま残されています。

ミケランジェロの4つのピエタ

ミケランジェロが制作した4つのピエタ像は以下の通りです。

『サン・ピエトロのピエタ』 (1498年 - 1500年): ローマ、サン・ピエトロ大聖堂所蔵。唯一完成した作品。
『フィレンツェのピエタ』 (1547年頃 - ): フィレンツェ、ドゥオーモ博物館所蔵。未完成。
『パレストリーナのピエタ』 (1555年頃 - ): フィレンツェ、アカデミア美術館所蔵。未完成。
『ロンダニーニのピエタ』 (1559年頃 - ): ミラノ、スフォルツァ城博物館所蔵。未完成、遺作。

特に『サン・ピエトロのピエタ』は、その圧倒的な完成度から、他のピエタ像と比較しても傑出した存在であり、ミケランジェロの名声を不動のものとしました。また、『ロンダニーニのピエタ』は、視力を失いながらも制作を続けたとされ、ミケランジェロの最後の作品となりました。

サン・ピエトロのピエタ

概要

『サン・ピエトロのピエタ』は、サン・ピエトロ大聖堂に収蔵されている大理石彫刻であり、ピエタを題材とした作品の中で最も重要な作品の一つとされています。ルネサンス期の理想である古典的な調和、美、抑制を極限まで追求した作品であり、ミケランジェロの作品の中でも特に洗練された作品として知られています。

完成まで

ミケランジェロは1496年にフィレンツェからローマに移り住み、リアリオ枢機卿のために彫像を制作していました。その後、フランス人枢機卿ジャン・ド・ビレール・ド・ラグロラから、自らの葬儀記念のためのピエタ像の制作依頼を受けました。1498年8月にミケランジェロは枢機卿と契約を交わし、12月には自ら石切り場に出向いて大理石を手に入れ、制作を開始しました。制作期限は1499年8月でしたが、ミケランジェロが間に合わせたかどうかは定かではありません。1500年までには、少なくともこのピエタ像の制作に専念していたと考えられています。

ピエタという題材は、フィレンツェの画家たちには先例があったものの、彫刻で取り上げられるのは斬新な試みでした。ミケランジェロは、北方、特にフランスやドイツの伝統的な木像ピエタを参考にしながらも、独自の解釈でこのテーマに取り組んだと考えられています。

完成後

約2年をかけて、ミケランジェロは他に類を見ない壮麗な彫刻を完成させました。ミケランジェロの解釈は、聖母マリアを失意に沈む年配の女性として表現するのが一般的だった当時としては画期的で、若々しく穏やかで神々しい女性として描かれています。この点について枢機卿は「マグダラのマリアではないか」と批判しましたが、ミケランジェロは「原罪のない聖母マリアは歳をとらない」と反論しました。また、キリストの傷跡は最小限にとどめられています。

『サン・ピエトロのピエタ』は当初、サン・ペトロニッラ礼拝堂に設置されましたが、後にサン・ピエトロ大聖堂内に移されました。1749年以降は、現在の場所に設置されています。

ジョルジョ・ヴァザーリの『画家・彫刻家・建築家列伝』によると、設置後間もなく「二流の彫刻家ソラーリの作」という噂が立ったことに憤慨したミケランジェロは、夜中に教会に忍び込み、マリアの帯に「MICHAELA[N]GELUS BONAROTUS FLORENTIN[US] FACIEBA[T]」と署名しました。これはミケランジェロが署名を入れた唯一の作品となりました。

後年、このピエタ像は何度か損傷を受けています。1736年には、マリアの左手の指が折られ、修復されました。最も深刻な被害は、1972年に精神を病んだ地質学者によってハンマーで叩き壊された事件で、マリアの左腕、鼻、左目が損傷しましたが、綿密な修復作業を経て元の場所に戻されました。現在は防弾ガラスで保護されています。また、バチカン公認のレプリカが複数存在します。

構成

この作品は、ルネサンス美術に典型的な三角形の構図を取っています。聖母マリアの頭を頂点とし、マリアのドレスの襞が底辺に向かって広がることで三角形を形成しています。座るマリアと横たわるイエスの直交する配置は、ミケランジェロの独創的なアイデアです。絵画ではイエスをマリアの膝に載せるのが一般的ですが、彫刻では力学的な問題から困難です。ミケランジェロは、この問題をマリアのドレスを巧みに利用することで解決しました。

二人の像の均整は意図的に取られていません。イエス像を等身大と仮定すると、マリアの身長は不自然に大きく見えてしまいます。しかしこれは、下から見上げた際に均整が取れて見えるように設計されたためであり、ミケランジェロの意図的なものです。

解釈

聖母マリアが非常に若々しく表現されていることについては、様々な解釈があります。ミケランジェロ自身は「マリアの若さは彼女の不滅の純潔を象徴する」と語っています。また、ダンテの『神曲』の影響も指摘されており、「母なる処女、汝が子の娘」という言葉が、マリアの若さの神学的根拠になっているという説もあります。さらに、ミケランジェロが母を失った経験から、聖母に自身の母を投影したという解釈もあります。また、カトリック教会では、聖母マリアは原罪なく懐妊したという教義があるため、死を免れるため老いることがないという神学的観念も、マリアの若さの理由の一つとして考えられます。

フィレンツェのピエタ

概要

『フィレンツェのピエタ』は、ドゥオーモ博物館に収蔵されている未完成のピエタ像です。1547年頃から制作が始まりましたが、ミケランジェロ自身によって破壊され、未完成のまま残されました。ミケランジェロは、晩年、自身の死を意識し、墓所に飾るためにピエタ像の制作を再開しました。

制作中断と破壊

ミケランジェロが作品を破壊した理由は不明ですが、大理石の質の悪さや、イエスの足が破損したことなどが挙げられています。いずれにせよ、ミケランジェロはハンマーで像を打ち壊し、イエスの手足やマリアの腕が破損しました。その後、修復され、現在に至ります。

構成

この作品には、イエス、ニコデモ、マグダラのマリア、聖母マリアの4人が描かれています。ミケランジェロは、史実に基づいた場面を描くよりも、自身の内なる訓戒を表現しようとしました。素描では、十字架を背にして天を仰ぐマリアが描かれていましたが、フィレンツェのピエタでは、ニコデモがその位置に、マリアとマグダラのマリアが天使の位置に配置されました。サン・ピエトロのピエタでは、マリアがイエスを支えていましたが、ここでは3人がイエスの遺体を支える様子が描かれています。

解釈

未完成のマリアとは対照的に、マグダラのマリアはほぼ完成しています。ニコデモの顔は、ミケランジェロ自身をモデルにしたものと言われています。この人物をアリマタヤのヨセフとする説もありますが、ニコデモが夜にイエスを訪ねたという記述との関連から、ニコデモとするのが自然です。

パレストリーナのピエタ

概要

『パレストリーナのピエタ』は、1939年にアカデミア美術館に収蔵されるまで、パレストリーナのサンタ・ロザリア聖堂に放置されていた作品です。制作のためのデッサンが存在するため真作とみなせるものの、長らく存在が知られていなかったことから贋作説も存在します。

構成

他のピエタとは異なり、浮き彫りのような形で表現されています。『フィレンツェのピエタ』で構成を乱していたマグダラのマリアを排除し、統一感を取り戻しています。ニコデモの代わりにマリアが、マリアの代わりにマグダラのマリアが配置されています。

解釈

聖母の手は太く力強く表現されており、サン・ピエトロのピエタの優美さはありません。ルネサンス様式からの離脱が見られ、次作『ロンダニーニのピエタ』へとつながります。

ロンダニーニのピエタ

概要

『ロンダニーニのピエタ』は、ミケランジェロが生涯最後に手がけた大理石彫刻で、1952年にスフォルツァ城博物館に収蔵されるまでロンダニーニ邸に置かれていました。ミケランジェロは晩年、死の予感を抱きながら制作に取り組みました。腰が曲がり、視力を失いながらも手探りで制作を続け、病に倒れる前日まで制作を続けたと伝えられています。

構成

この作品では、「死せるイエスを抱く聖母マリア」という最初のピエタの構想に回帰しています。最初の構想では、イエスはより前屈みになっていましたが、ミケランジェロはイエスを打ち砕き、新たに彫り出しました。

解釈

マリアとイエスは、初期のスタイルとは異なり、幽霊のようにみすぼらしく表現されています。ルネサンス彫刻よりも、ゴシック彫刻の痩せ細った像との類似が指摘されています。後ろから見ると、イエスがマリアを背負っているようにも見え、ミケランジェロは両義的な解釈を意図したとされています。