ピエトロ・カストルッチ

ピエトロ・カストルッチ（Pietro Castrucci、1679年生まれ - 1752年 3月7日没）は、18世紀前半に活躍したイタリア出身の作曲家であり、特に卓越したヴァイオリニストとしてその名を知られた人物です。

生涯

カストルッチは、当時の音楽文化の中心地の一つであったローマで生を受けました。幼少より音楽に親しみ、後にイタリアにおけるバロック音楽の大家であり、ヴァイオリン奏法に革命をもたらしたとされるアルカンジェロ・コレッリに師事するという恵まれた環境で才能を磨きました。コレッリの門下で、彼は高度なヴァイオリンの技巧と、構成力のある作曲の基礎を習得したと考えられます。師事の後、彼は芸術、特に音楽の熱心な庇護者であったピエトロ・オットボーニ枢機卿のもとで音楽家として活動しました。枢機卿の宮廷は多くの才能ある音楽家が集まる場であり、カストルッチもそこで経験を積んだと思われます。

1715年、カストルッチはイタリアを離れ、当時急速に音楽都市として発展しつつあったイギリスのロンドンへと移住しました。ロンドンでは、イタリア人音楽家たちがオペラを中心に活躍しており、カストルッチもそうした環境に身を置くことになります。彼はロンドン到着後、文化的な活動の支援で知られる第3代バーリントン伯、リチャード・ボイルの庇護を受けました。バーリントン伯の邸宅は音楽家たちのサロンとしても機能しており、カストルッチはここで演奏の機会を得て、そのヴァイオリンの腕前が認められていったと考えられます。

ロンドンにおける彼のキャリアにおいて最も特筆すべきは、ドイツ出身でロンドン楽壇の重鎮となっていたゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルとの協業です。カストルッチは、ヴァイオリンの名手としての確固たる評価を得て、1720年から1742年までの実に22年間にわたり、ヘンデルが率いる主要なオーケストラのコンサートマスターを務めました。コンサートマスターは、オーケストラ全体の音色やアンサンブルを統率し、時にはソリストとしても演奏するという、極めて責任の重い、そして音楽的な実力が求められる役職です。カストルッチは、ヘンデルのオペラやオラトリオといった大作の初演や再演において、オーケストラの要としてその手腕を発揮しました。彼の正確かつ表情豊かなヴァイオリン演奏は、当時のロンドンの聴衆や批評家から高い評価を受けていました。

ヘンデルのオーケストラでの活動を終えた後、カストルッチはロンドンを離れ、アイルランドのダブリンに移りました。晩年をダブリンで過ごし、1752年 3月7日にその地で波乱に満ちた生涯を閉じました。

業績と作品

ピエトロ・カストルッチは、ヴァイオリニストとしての卓越した技術だけでなく、作曲家としても重要な足跡を残しています。彼の作品は、師であるコレッリから受け継いだイタリア後期バロック音楽の様式を基盤としつつ、自身のヴァイオリン演奏の経験を生かした技巧的な側面を持っています。

彼の業績の中で特に注目されるのは、楽器の発明に関わった可能性です。彼は、ヴィオラ・ダモーレの一種、あるいはその改良型とされる「ヴィオレッタ・マリーナ」の発明者であると伝えられています。ヴィオラ・ダモーレが持つ特徴である共鳴弦による豊かで倍音を含む響きを、さらに発展させた楽器であったと考えられています。このヴィオレッタ・マリーナは、カストルッチと密接な関係にあったヘンデルの作品において実際に使用されたことが記録されています。特定のオラトリオなどでこの楽器が指定されていることは、カストルッチの発明が単なる好奇心に留まらず、当時の音楽実践に影響を与えたことを示唆しています。

彼の主要な出版作品としては、以下のものが知られています。

ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ Op.1
ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ Op.2
* 合奏協奏曲 Op.3

これらの作品は、当時のヴァイオリン音楽および合奏協奏曲のレパートリーの一部を形成しており、彼の作曲家としての技術と音楽性を伝えています。特にOp.3の合奏協奏曲は、彼がコンサートマスターとして経験したオーケストラという媒体に対する深い理解を示していると考えられます。

ピエトロ・カストルッチは、ローマで一流の薫陶を受け、ロンドンではヘンデルという偉大な作曲家の傍らで、ヴァイオリニスト、そしてオーケストラのリーダーとして重要な役割を果たしました。楽器の発明という創造的な側面も持ち合わせた彼は、18世紀前半のヨーロッパ音楽史において、特にイギリスにおけるイタリア音楽の受容と発展の一端を担った人物と言えるでしょう。

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