ピエール・ヴェルテメール

ピエール・ヴェルテメール：シャネルと競走馬のオーナー

ピエール・ヴェルテメール（1888年 - 1965年）は、20世紀を代表するフランスの実業家の一人です。彼の名は、誰もが知るブランド「シャネル」の設立に深く関わった人物として広く知られていますが、その生涯は、裕福な家庭での生い立ちから、世界的な企業経営、そしてサラブレッドへの情熱という、多様な側面を持っていました。

化粧品王家の後継ぎから世界的ブランドへ

ヴェルテメールは、1870年にアルザスからパリに移住したユダヤ人実業家アーネスト・ヴェルテメールを父に持ちました。父アーネストは、舞台化粧品会社ブルジョワの経営権を獲得し、後に世界初のドライルージュを開発するなど、フランスを代表する化粧品・香料会社に育て上げました。ブルジョワはヨーロッパのみならず、アメリカにも拠点を持ち、国際的な企業として成功を収めました。ピエールは、父の後を継ぎ、兄ポールと共にブルジョワの経営を引き継ぎ、1917年には会社の取締役となりました。

ココ・シャネルとの出会い、そして「パルファム・シャネル」

1922年、ロンシャン競馬場にて、ヴェルテメールはデパート「ギャラリー・ラファイエット」の創設者テオフィル・バデを通じて、ココ・シャネルと出会います。当時、シャネルは自身の開発した香水「シャネルNo.5」を一部顧客に限定して販売していました。バデはギャラリー・ラファイエットでの販売を計画しており、その実現のため、ヴェルテメールによるシャネルとの協力関係を仲介しました。シャネルは、アメリカ市場への進出実績と豊富な資本を持つヴェルテメールとの提携を決定。1924年、「パルファム・シャネル」社を設立しました。ヴェルテメールは資金を提供し、生産・マーケティング・流通を担う代わりに会社の70％を保有、バデは20％を保有し、シャネルは10％の株式保有にとどまりました。経営には関与しませんでしたが、最終的にシャネルは「パルファム・シャネル」の完全支配権獲得を目指し、ヴェルテメールとの間で長年に渡る訴訟合戦を繰り広げました。

ナチス占領と財産保全

第二次世界大戦中、フランスがナチス・ドイツに占領されると、ユダヤ人であるヴェルテメールの財産は危険にさらされました。シャネルは、自身のアーリア人としての立場を利用して「パルファム・シャネル」の奪取を企て、1941年にはドイツ当局にヴェルテメールからの所有権移転を申請しました。しかし、ヴェルテメールは事前にフランスからニューヨークへ脱出し、パルファム・シャネルの支配権をフランスの実業家フェリックス・アミオに委ねていたため、シャネルの計画は失敗に終わりました。終戦後、アミオはヴェルテメールに会社の支配権を返還しました。

競馬への情熱と一族の遺産

ヴェルテメールは、サラブレッド競走馬の所有者としても知られていました。1910年には、投資銀行家ラザード家の一員であるゲルメイン・レベルと結婚。その後、著名な調教師アレック・ヘッドを雇用し、フランスとイギリスの主要な競走で多くの勝利を収めました。特に「エピナール」はフランスギャロによって「競馬の伝説」と称えられるほどの名馬でした。ヴェルテメールの死後、彼の事業と競走馬の所有権は息子ジャック、そして孫であるジェラールとアランへと受け継がれ、一族は現在も事業と競馬の世界で活躍を続けています。ヴェルテメール家の成功は、彼自身の優れた経営手腕と、一族による継続的な努力によって築かれたものであると言えるでしょう。彼の生涯は、事業家としての成功と、並々ならぬ競馬への情熱が織りなす、ドラマチックな物語として、今日も語り継がれています。

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