ピシンギーニャ

ピシンギーニャ（Pixinguinha, 1897年4月23日 - 1973年2月17日）は、ブラジル音楽の歴史において、もっとも重要な人物の一人として位置づけられる作曲家、演奏家、そして編曲家です。本名はアルフレド・ダ・ホーシャ・ヴィアーナ・フィーリョ・ジュニオール（Alfredo da Rocha Vianna Filho, Jr.）といい、多岐にわたる音楽活動を通じて、ブラジル独自の音楽ジャンルであるショーロを芸術音楽の域にまで高めた功績で知られています。

ブラジルの古都、リオ・デ・ジャネイロに生まれたピシンギーニャは、大家族の中で育ちました。彼の父、アルフレド・ダ・ホーシャ・ヴィアーナと母、マリア・ダ・コンセイソンの間に生まれた14人の息子の末っ子として誕生した彼は、幼い頃から非凡な音楽の才能を示しました。音楽に囲まれた環境で育った彼は、自然と楽器に親しみ、若くして仲間と共にバンドを結成。リオ市内だけでなく、各地を巡りながら演奏の腕を磨きました。キャリアの初期にはフルート奏者として活動していましたが、後にサクソフォーンも演奏するようになり、両方の楽器で卓越した技量を発揮しました。

ピシンギーニャの音楽は、19世紀後半にブラジルで興隆したショーロの伝統に深く根ざしています。ヨーロッパ由来のポルカやワルツといった舞曲と、アフロ・ブラジルの豊かなリズムや旋律が融合して生まれたショーロは、彼によって新たな次元へと引き上げられました。彼は単に伝統を守るだけでなく、洗練されたハーモニーや複雑なリズムを取り入れ、また卓越した編曲技術をもって、ショーロに奥行きと多様性を加えました。彼の作品には、ブラジルならではの陽気さと叙情性が見事に共存しています。

その創作活動の中で生まれた数多くの名曲の中でも、特にブラジル国民に広く愛され、今日ではブラジルの「第二の国歌」とまで称されるのが、1928年に作曲された「カリニョーゾ（Carinhoso）」です。この曲は、発表から長い年月を経ても色褪せることなく、多くのブラジル人の心に響き続けています。その他にも、ブラジルのサッカーをテーマにした「1X0（Um a Zero）」など、彼の代表作は多岐にわたり、それぞれの作品がショーロの多様性と可能性を示しています。

ピシンギーニャは、その音楽家としての才能だけでなく、人間味あふれる温かい人柄でも多くの人々に慕われました。彼の音楽に対する情熱と、ショーロというジャンルに対する深い愛情は、多くの後進の音楽家たちに影響を与えました。特に、1950年代末にブラジルで新しい音楽の波として登場したボサノヴァの創生にも、ピシンギーニャが確立したショーロの洗練された音楽スタイルやメロディーラインが少なからぬ影響を与えたと言われています。彼の音楽は、ボサノヴァの基盤となるブラジル音楽の語彙を豊かにしました。

ピシンギーニャのブラジル音楽界への貢献は計り知れません。ショーロを単なる流行音楽から、芸術的な価値を持つ確立された音楽ジャンルへと昇華させた功績は特に顕著です。彼の死後もその音楽は演奏され続け、評価は高まる一方です。そして、その偉大な功績を称え、彼の誕生日である4月23日は、2001年に「ショーロの日」として正式に制定されました。これは、ブラジルにおいてピシンギーニャがいかに国民的に重要視されているかを象徴する出来事と言えるでしょう。

ピシンギーニャの音楽は、ブラジルの文化遺産として、今なお多くの人々に聴き継がれています。その革新的な精神と、ブラジル音楽の伝統への深い敬意が融合した作品群は、ショーロというジャンルが持つ無限の可能性を示し、後世の音楽家たちに豊かなインスピレーションを与え続けています。

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