ピタゴラス教団

ピタゴラス教団：古代ギリシャの神秘主義と数学の融合

紀元前6世紀、南イタリアのクロトン（現在のクロトーネ）に誕生したピタゴラス教団は、数学者にして哲学者であるピタゴラスが創始したとされる、神秘主義的な色彩の濃い宗教結社です。しばしばピタゴラス派とも呼ばれ、その思想体系はピタゴラス主義として知られています。

教団は数学、音楽、哲学の探究を重視し、独特の規律と信条を持っていました。オルペウス教の影響を受けた輪廻転生の思想を持ち、教団員は財産を共有する原始共産的な生活を送っていたと伝えられています。ピタゴラス自身、入団の条件として財産の共有を厳格に求めたという記述も残されています。

しかし、教団の教えは外部には秘匿され、その実態は謎に包まれています。限られた資料から、数学研究に重点を置く集団と、宗教儀礼を重視する集団の二つの傾向が存在したことが推測されます。後者には、ソラマメを食べてはいけないといった独特の禁忌が存在したことも知られています。医学者アルクマイオンもこの宗教儀礼を重視する派に属していたとされています。

さらに、ピタゴラス自身の伝記が伝説や逸話に彩られ、教団の神秘性をより一層高めています。新プラトン主義者のポルピュリオスやイアンブリコスによる伝記は、ピタゴラスの生涯を歴史哲学的な物語として華やかに描き出していますが、歴史的正確性という点においては疑問が残ります。ピタゴラス自身と初期の教団員は一切の著作を残しておらず、後期に活躍したピロラオス、エウリュトス、アルキュタスといった人物らが、間接的にピタゴラスの思想を後世に伝えています。

ピタゴラス教団の影響は、後世の哲学者にも色濃く見られます。プラトンは、その著作の中で幾度となくピタゴラス派に触れ、特に『パイドン』や『国家』では、ピタゴラス的思想が重要な役割を担っています。アリストテレスも『形而上学』において、プラトンの思想形成にピタゴラス派が影響を与えた点を指摘しています。こうしたことから、プラトンはピタゴラスを祖とする「不文の教説」を持っていたと解釈されてきました。

紀元前4世紀には衰退したピタゴラス教団ですが、紀元前1世紀以降には新ピタゴラス派として再興を遂げます。この新ピタゴラス派の運動は、新プラトン主義者に受け継がれ、ポルピュリオスらによるピタゴラス伝記の編纂へと繋がりました。

ピタゴラス教団の思想：数と調和の宇宙観

ピタゴラス教団の思想の中核をなすのは、「均整と調和」の理念です。この理念は、日常生活から宇宙全体にまで及ぶと彼らは考えました。宇宙の中心には「中心火」が存在し、万物は中心火の周囲を定まった軌道を描いて周行するという宇宙観を持っていました。

この「均整と調和」を支えるのが、ピタゴラスの数論です。アリストテレスによると、ピタゴラス派は数を「物体の質料」あるいは「物体の原型」とみなしていました。そのため、数を実体と見なす者と、数を実体ではなく物の原型としか見なさない者が教団内に混在していたと考えられます。アリストテレスは両方の考えを同時に持っていたと述べていますが、彼ら自身は形相的原理と質料的原理を区別していなかった点に注意が必要です。

数論は現実世界への応用も試みられ、数と物事を結びつけたり、数を物事の象徴として用いたりする手法が見られます。正義を3、4、5といった数に還元しようとする試みも、教団内部で様々な解釈が見られたことを示しています。ピタゴラス教団の思想は、その神秘性と数学的探求の融合によって、古代ギリシャ哲学のみならず、後世の思想や文化にも多大な影響を与え続けました。

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