ピョートル・ラヴロフ

ピョートル・ラヴロフ（1823年6月14日 - 1900年2月6日）は、19世紀ロシアを代表する社会思想家であり、ナロードニキ運動の理論的支柱となった人物です。彼の生涯は、貴族としての恵まれた生い立ちから一転、革命運動に身を投じる激動の時代を反映しています。

生涯

裕福な貴族の家庭に生まれたラヴロフは、陸軍士官学校を卒業後、自然科学、論理学、哲学、歴史など幅広い分野で深い知識を習得しました。1844年から1866年まで、彼は砲兵学校と砲兵大学校で数学教授として教鞭を執り、その知性を社会に還元しました。しかし、ラヴロフの関心は学問の世界にとどまらず、社会の変革へと向けられていきました。

1862年、彼はナロードニキの最初の組織である「土地と自由」に参加し、革命運動に足を踏み入れました。この活動がきっかけとなり、1866年に逮捕され、1868年にはウラル山脈地帯への流刑を宣告されます。しかし、ラヴロフの革命への情熱は衰えることなく、1871年には国外へ脱出。フランス・パリの人類学協会に籍を置きながら、亡命生活を送ることになります。

1869年、ラヴロフは主著『歴史書簡』を発表し、その思想は広く知られるようになりました。1870年には、第一インターナショナルに参加し、国際的な社会主義運動にも関与。パリ・コミューンにも参加し、その経験は彼の思想をさらに深化させることになります。また、パリ・コミューンを支援するためにロンドンにいるマルクスやエンゲルスを訪ねています。1872年11月にはチューリッヒでバクーニンと接触を試み、雑誌への協力を求めますが、バクーニン側の編集への参加要求により決裂しています。

1873年から1877年まで、ラヴロフは機関紙『前進』を発行し、ナロードニキの思想を積極的に広めました。1875年に発表した詩「労働者のラ・マルセイエーズ」は、原曲のメロディーがロシア臨時政府の国歌に採用されるなど、大きな影響力を持っていました。また、1883年から1886年にかけては、レフ・ティホミーロフと共に雑誌『人民の意志党通報』を発行し、アレクサンドル2世暗殺を実行した「人民の意志」党を支援しました。

ラヴロフは1900年、パリで亡くなりました。最期の言葉は「呼んでいる、…よく生きた、…終わりだ、人生は終わった」であったと伝えられています。享年76歳でした。

思想

ラヴロフの思想の中核は、社会革命を達成するための人民の教育と準備、そしてそのための宣伝活動の必要性を訴えた点にあります。当初、彼はヘルツェンの『鐘』を継承する雑誌を発行し、ヨーロッパの社会主義思想をロシアに導入しようとしました。しかし、スイスに亡命した若いロシア人たちとの交流を通して、より急進的な行動へと傾斜していきます。

『歴史書簡』において、ラヴロフは「社会学における主観的方法」を提唱しました。彼は、強固な意志を持つ「英雄」としてのインテリゲンチャが、国民大衆に先んじて歴史を動かすと主張しました。この考え方は、1870年代後半のナロードニキ運動が「人民の中へ」というスローガンを放棄し、テロリズムへと向かう流れと深く関係しています。

また、ラヴロフは特権階級の文化が労働者階級の犠牲の上に成り立っていると考え、その負債は必ず清算されなければならないとしました。彼のこの考えは、単に文化を否定するものではなく、「文化は人民の利益に貢献しなければ存在理由がない」という、当時のインテリゲンツィアの間で共有されていた考えを明確にしたものでした。この点において、彼はベリンスキー、チェルヌイシェフスキー、レフ・トルストイといった思想家たちと共通の立場に立っていたといえるでしょう。

ラヴロフの思想は、ロシアの社会運動、特にナロードニキ運動に大きな影響を与えました。彼の主張は、単なる理論に留まらず、実際の社会変革運動を推進する原動力となりました。彼の生涯と業績は、19世紀ロシアの激動の歴史を理解する上で不可欠な要素と言えるでしょう。

参考

ヴェーラ・フィグネル『遙かなる革命（Запечатлённый труд）』（1933年）
E・H・カー『バクーニン　Michael Bakunin』（1937年）
ベルジャーエフ『ロシア思想史（Русская идея）』（1946年）
『大杉栄・伊藤野枝選集』第3巻「主観的歴史論－ピョートル・ラヴロフ論」（黒色戦線社、1988年3月）
* 佐々木照央『ラヴローフのナロードニキ主義歴史哲学』（彩流社、2001年）

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