ファウスティーナ・ボルドーニ

1697年3月30日にヴェネツィアで生を受けたファウスティーナ・ボルドーニは、18世紀前半のヨーロッパを代表するイタリアのメゾソプラノ歌手でした。著名な音楽家M. ガスパリーニに師事し、早くからその才能を認められ、「プファルツ選帝侯の宮廷ヴィルトゥオーザ」の称号を得ています。

オペラ歌手としてのデビューは1716年、ヴェネツィアのサン・ジョヴァンニ・グリゾストモ劇場でのカルロ・フランチェスコ・ポラローロ作曲『アリオダンテ』でした。その後、約10年間ヴェネツィアを主な活動拠点としつつ、イタリア各地、さらには1724年からはミュンヘンやウィーンといった国外でも歌唱活動を行い、成功を収めました。

彼女のキャリアにおいて特に注目されるのが、1720年代後半のロンドンでの活動です。当時のロンドンでオペラを上演していた王立音楽アカデミーは、既にプリマ・ドンナとして絶大な人気を誇っていたフランチェスカ・クッツォーニに対抗するため、ボルドーニと契約を結びました。ボルドーニは1726年5月、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルのオペラ『アレッサンドロ』でロンドンでの初舞台を踏みます。

ボルドーニとクッツォーニは、容姿、声質、得意とする役柄において対照的でした。クッツォーニが控えめな容姿ながらも美しい声を持ち、悲劇的な役に強みがあったのに対し、ボルドーニは華やかな外見で、クッツォーニより低いながらも力強い声を持ち、劇的な役柄を得意としました。

二人の間のライバル関係は、ロンドンでの共演が初めてではなく、1718年にヴェネツィアで共演した頃から既に始まっていました。彼女たちは常に反目し合っており、オペラの台本作家や作曲家は、この二人のスター歌手を平等に扱うために大変な苦労を重ねたと言われています。

聴衆もまた、クッツォーニ派とボルドーニ派に分かれて熱狂的に支持し、その対立は時に劇場での騒動に発展しました。1727年6月には、ジョヴァンニ・バッティスタ・ボノンチーニのオペラ『アスティアナッテ』の上演中に、ファン同士の衝突が起こり、劇場が混乱状態に陥る事件が発生しています。

カストラートのセネジーノを含むこれら三人の主要歌手に支払われた高額な報酬と、ボルドーニとクッツォーニの深刻な対立は、王立音楽アカデミーの経営を圧迫する大きな要因となりました。結果として、アカデミーは1728年6月をもって公演の継続を断念し、歌手たちはロンドンを去ることになりました。

ロンドンでの活動を終えヴェネツィアに戻ったボルドーニは、1730年に著名な作曲家ヨハン・アドルフ・ハッセと結婚します。彼女は結婚後、夫ハッセのオペラ作品で主役を多く務め、彼の音楽世界の主要な担い手として活躍しました。結婚後、初めて共演したハッセ作品はオペラ『ダリーザ』でした。

1731年、ハッセ夫妻はドイツのドレスデンへ移り住みます。ハッセはザクセン選帝侯の宮廷楽長に就任し、ボルドーニもドレスデンの宮廷歌手として仕えました。ドレスデンを拠点としながらも、夫妻は頻繁にイタリア各地を訪れてオペラ公演を行い、その名声をヨーロッパ中に広めました。

1751年に舞台活動からは引退しましたが、宮廷歌手の称号は維持され、年金も支給されました。これは、彼女の功績が宮廷において高く評価されていた証です。

1763年、ザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト2世の崩御に伴い、夫妻はドレスデンを離れ、ウィーンへ移住しました。

晩年の1775年には、故郷であるヴェネツィアに戻り、静かな日々を過ごしました。そして、1781年11月4日、生まれ育ったヴェネツィアで、波乱に富んだ84年の生涯を閉じました。

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