フィルムセンター火災
1984年（昭和59年）9月3日、日本の映画保存にとって深刻な損害をもたらす出来事が起きた。東京都中央区京橋三丁目にあった東京国立近代美術館フィルムセンター（現在の国立映画アーカイブ）本館の5階、フィルム保存庫から火災が発生したのである。この火災は、我が国の貴重な映画遺産がいかに脆弱な存在であるかを改めて認識させ、その保存・継承の重要性を強く問い直す契機となった。
火災は同日の午後2時50分頃、本館最上階にあたる5階のフィルム保存庫で発生した。この保存庫は外部との通じる窓を持たない構造であったため、初期消火およびその後の消火活動は非常に困難を伴った。消防隊員は建物の壁に穴を開けて放水を行うなど、懸命な作業にあたったが、火の勢いは強く、約70平方メートルに及ぶ保存庫は全焼状態となった。火災発生から約5時間半後の同日夜8時半頃にようやく鎮火に至った。この消火活動中に3名の消防隊員が負傷したが、幸いなことに一般の来館者や職員に死傷者は出なかった。火災発生当時、館内では午後3時からの特別上映会を控えて多くの観客が集まっていたが、迅速な避難誘導により全員が無事に避難することができた。火元となった5階の保存庫には、主に日本国外で製作された映画作品のポジフィルムが大量に保管されており、その大部分がこの火災によって焼失するという壊滅的な被害を受けた。皮肉なことに、この火災が発生する直前、フィルムセンターは自動車の排気ガスなどによるフィルム劣化リスクを避けるため、より適した環境での保存を目指し、神奈川県相模原市に新たな分館の建設に着手したばかりであった。
この火災の主な原因は、当時の映画用フィルムに多く使われていたセルロイドの可燃性とその不適切な保管環境にあるとされた。セルロイド製フィルムは非常に燃えやすい性質を持ち、自然発火を防ぐためには25度以下の低温で湿度を適切に管理する必要がある。保存庫には温度管理のためのクーラーが設置されていたが、火災発生数日前の9月1日夕刻に一度電源が切られ、記録的な猛暑となった3日の正午頃まで停止したままとなっていた。この間、東京都心では異常な高温が続き、9月2日には最高気温35.2度、そして火災発生当日の3日には38.1度という記録的な気温を観測した。警視庁中央警察署のその後の調べでは、この高温によって保存庫内の温度が上昇し、保管されていたセルロイドフィルムが化学反応を起こして自然発火した可能性が極めて高いと結論付けられた。さらに、同館のフィルム保管に関する管理体制にも不備が指摘された。東京都火災予防条例で定められている少量危険物の届け出が、施設の開館以来一度も行われていなかったことや、フィルム保存庫内の温度変化を継続的に記録するための温度記録計に記録紙がセットされていなかったことなど、安全管理上の複数の問題点が明らかになった。
火災によって、5階保存庫に収蔵されていた貴重な外国映画フィルムは壊滅的な被害を受けた。保存されていた外国映画421作品のうち、実に330作品が焼失したとされている。一方で、一部の作品は奇跡的に難を逃れた。たとえば、フランスの『巴里祭』や『ゲームの規則』、イギリスの『天国への道』など8作品は焼失を免れた。また、火災発生当時に研究のため外部に持ち出されていた11作品や、火災の直前に寄贈を受け、まだ点検作業が行われていた約50作品も無事であった。しかし、多くの名作が失われたのも事実であり、オーストリアの『未完成交響楽』、ドイツの『女だけの都』、フランスの『居酒屋』といった作品が焼失リストに含まれている。また、ドイツの『会議は踊る』、オーストリアの『制服の処女』など83作品は全焼は免れたものの損傷を受けたが、比較的被害が軽微であったため、その後の修復が試みられた。さらに、ドイツの『朝から夜中まで』、フランスの『大いなる幻影』、アメリカの『外人部隊』、フランスの『望鄕』など33作品については、デュープネガと呼ばれる複製用の中間段階のフィルムが残されており、これをもとにオリジナルの作品を再生することが可能であった。これらのデュープネガは、多くは作品を製作した国のネガフィルムから作成されたものであったが、中にはオリジナルのネガが現存しない作品も含まれていた。幸いにも、4階に保管されていたニュース映像や記録映像、そして地下の日本映画コレクションは、この火災による直接的な被害を受けることはなかった。
火災発生後、フィルムセンターは施設の復旧と共に、焼失・損傷したフィルムの再生と再収集に向けて精力的に活動を開始した。翌1985年3月22日には、東京国立近代美術館の講堂にて映画の上映が再開された。この再開上映では、火災で被害を受けた作品の中から修復や点検が完了したもの、そして火災後に改めて寄贈を受けた作品を含む28作品が上映され、多くの映画ファンが訪れた。また、火災のために中止となっていた特別上映会「逝ける映画人を偲んで」は、1986年2月に「特集・逝ける映画人を偲んで 1984-1985」として改めて開催され、被災を乗り越えた取り組みとして注目を集めた。この痛ましい火災は、映画愛好家や関係者の間に大きな衝撃を与え、フィルム復旧への支援の輪が広がった。火災発生直後には有志によって「フィルムセンター焼失フィルムのための募金の会」が結成され、わずか10ヶ月間で3万人以上の人々から2700万円を超える多額の寄付金が寄せられた。これらの寄付金は、焼失したフィルムの代替プリント製作などの復旧活動に活用され、その結果、65作品のプリントを新たに取得または再生することに成功した。フィルムセンター火災は、日本の貴重な映画遺産がいかに失われやすいものであるかを世に広く知らしめると同時に、その保存・継承のためには専門機関の努力だけでなく、多くの人々の関心と支援が不可欠であることを改めて浮き彫りにした、日本の文化史における重要な出来事として記憶されている。
火災は同日の午後2時50分頃、本館最上階にあたる5階のフィルム保存庫で発生した。この保存庫は外部との通じる窓を持たない構造であったため、初期消火およびその後の消火活動は非常に困難を伴った。消防隊員は建物の壁に穴を開けて放水を行うなど、懸命な作業にあたったが、火の勢いは強く、約70平方メートルに及ぶ保存庫は全焼状態となった。火災発生から約5時間半後の同日夜8時半頃にようやく鎮火に至った。この消火活動中に3名の消防隊員が負傷したが、幸いなことに一般の来館者や職員に死傷者は出なかった。火災発生当時、館内では午後3時からの特別上映会を控えて多くの観客が集まっていたが、迅速な避難誘導により全員が無事に避難することができた。火元となった5階の保存庫には、主に日本国外で製作された映画作品のポジフィルムが大量に保管されており、その大部分がこの火災によって焼失するという壊滅的な被害を受けた。皮肉なことに、この火災が発生する直前、フィルムセンターは自動車の排気ガスなどによるフィルム劣化リスクを避けるため、より適した環境での保存を目指し、神奈川県相模原市に新たな分館の建設に着手したばかりであった。
この火災の主な原因は、当時の映画用フィルムに多く使われていたセルロイドの可燃性とその不適切な保管環境にあるとされた。セルロイド製フィルムは非常に燃えやすい性質を持ち、自然発火を防ぐためには25度以下の低温で湿度を適切に管理する必要がある。保存庫には温度管理のためのクーラーが設置されていたが、火災発生数日前の9月1日夕刻に一度電源が切られ、記録的な猛暑となった3日の正午頃まで停止したままとなっていた。この間、東京都心では異常な高温が続き、9月2日には最高気温35.2度、そして火災発生当日の3日には38.1度という記録的な気温を観測した。警視庁中央警察署のその後の調べでは、この高温によって保存庫内の温度が上昇し、保管されていたセルロイドフィルムが化学反応を起こして自然発火した可能性が極めて高いと結論付けられた。さらに、同館のフィルム保管に関する管理体制にも不備が指摘された。東京都火災予防条例で定められている少量危険物の届け出が、施設の開館以来一度も行われていなかったことや、フィルム保存庫内の温度変化を継続的に記録するための温度記録計に記録紙がセットされていなかったことなど、安全管理上の複数の問題点が明らかになった。
火災によって、5階保存庫に収蔵されていた貴重な外国映画フィルムは壊滅的な被害を受けた。保存されていた外国映画421作品のうち、実に330作品が焼失したとされている。一方で、一部の作品は奇跡的に難を逃れた。たとえば、フランスの『巴里祭』や『ゲームの規則』、イギリスの『天国への道』など8作品は焼失を免れた。また、火災発生当時に研究のため外部に持ち出されていた11作品や、火災の直前に寄贈を受け、まだ点検作業が行われていた約50作品も無事であった。しかし、多くの名作が失われたのも事実であり、オーストリアの『未完成交響楽』、ドイツの『女だけの都』、フランスの『居酒屋』といった作品が焼失リストに含まれている。また、ドイツの『会議は踊る』、オーストリアの『制服の処女』など83作品は全焼は免れたものの損傷を受けたが、比較的被害が軽微であったため、その後の修復が試みられた。さらに、ドイツの『朝から夜中まで』、フランスの『大いなる幻影』、アメリカの『外人部隊』、フランスの『望鄕』など33作品については、デュープネガと呼ばれる複製用の中間段階のフィルムが残されており、これをもとにオリジナルの作品を再生することが可能であった。これらのデュープネガは、多くは作品を製作した国のネガフィルムから作成されたものであったが、中にはオリジナルのネガが現存しない作品も含まれていた。幸いにも、4階に保管されていたニュース映像や記録映像、そして地下の日本映画コレクションは、この火災による直接的な被害を受けることはなかった。
火災発生後、フィルムセンターは施設の復旧と共に、焼失・損傷したフィルムの再生と再収集に向けて精力的に活動を開始した。翌1985年3月22日には、東京国立近代美術館の講堂にて映画の上映が再開された。この再開上映では、火災で被害を受けた作品の中から修復や点検が完了したもの、そして火災後に改めて寄贈を受けた作品を含む28作品が上映され、多くの映画ファンが訪れた。また、火災のために中止となっていた特別上映会「逝ける映画人を偲んで」は、1986年2月に「特集・逝ける映画人を偲んで 1984-1985」として改めて開催され、被災を乗り越えた取り組みとして注目を集めた。この痛ましい火災は、映画愛好家や関係者の間に大きな衝撃を与え、フィルム復旧への支援の輪が広がった。火災発生直後には有志によって「フィルムセンター焼失フィルムのための募金の会」が結成され、わずか10ヶ月間で3万人以上の人々から2700万円を超える多額の寄付金が寄せられた。これらの寄付金は、焼失したフィルムの代替プリント製作などの復旧活動に活用され、その結果、65作品のプリントを新たに取得または再生することに成功した。フィルムセンター火災は、日本の貴重な映画遺産がいかに失われやすいものであるかを世に広く知らしめると同時に、その保存・継承のためには専門機関の努力だけでなく、多くの人々の関心と支援が不可欠であることを改めて浮き彫りにした、日本の文化史における重要な出来事として記憶されている。
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