フェイ・ヴィンセント

フェイ・ヴィンセント：激動の時代を駆け抜けたMLBコミッショナー

フランシス・トーマス・"フェイ"・ヴィンセント・ジュニア（1938年5月29日 - 2025年2月1日）は、アメリカの弁護士、実業家、投資家、そして著述家として多岐にわたる才能を発揮しました。しかし、彼の名が最も広く知られるようになったのは、第8代MLBコミッショナーとしての短いながらも激動に満ちた任期においてでしょう。

生い立ちと事故

コネチカット州ウォーターバリーでアイルランド系アメリカ人の家庭に生まれたヴィンセントは、ホッチキス・スクール時代に後の大統領となるジョージ・H・W・ブッシュの弟、ウィリアム・H・T・ブッシュと親交を深めます。ウィリアムズ大学ではアメリカンフットボールに打ち込みますが、1年生の時に寮の部屋に閉じ込められるといういたずらに遭い、脱出を試みた際に建物の4階から落下、背骨を骨折し下半身麻痺という重傷を負います。医師からは二度と歩けないかもしれないと宣告されますが、リハビリを経て杖なしで歩けるまでに回復しました。

キャリアの転換

事故後、スポーツを断念したヴィンセントは、学業に専念し、ウィリアムズ大学とイェール・ロー・スクールを優秀な成績で卒業します。その後は、法律事務所勤務やアメリカ証券取引委員会（SEC）での要職を経て、1978年にはコロンビア・ピクチャーズの社長兼CEOに就任。1982年にはコカ・コーラ社に買収されたことに伴い、同社の幹部としてエンターテインメント事業を統括します。

MLBコミッショナーへの就任

長年の友人であったA・バートレット・ジアマッティからの要請を受け、1989年4月1日にMLB副コミッショナーに就任。しかし、ジアマッティが急逝したため、同年9月13日に第8代MLBコミッショナーに選出されます。

コミッショナーとしての任期はわずか3年足らずでしたが、その間には様々な出来事が起こりました。1989年のワールドシリーズでは、ロマ・プリータ地震発生後の対応に追われ、1990年のロックアウトでは自ら介入して早期解決に導きます。また、ニューヨーク・ヤンキースのオーナー、ジョージ・スタインブレナーを一時的に追放するなど、強硬な姿勢も見せました。

ロマ・プリータ地震

1989年10月17日に発生したロマ・プリータ地震では、ワールドシリーズ第3戦の開始直前に被災。ヴィンセントは、試合を延期する決断を下し、観客の安全確保に尽力しました。当初はシリーズの再開を1ヶ月後まで延期するように主張したサンフランシスコ市長に対し、他球場での代替開催も視野に入れるなど、迅速な対応を見せました。

1990年のロックアウト

1990年のロックアウトでは、経営者側と選手会の対立が深刻化する中、ヴィンセントが介入。経営者側の提案を取り下げさせ、早期解決に貢献しました。しかし、その過程で選手会との関係が悪化し、非難を浴びる場面もありました。

スタインブレナー追放

1990年、ヤンキースのオーナー、ジョージ・スタインブレナーが選手のスキャンダルを探るためにギャンブラーに資金提供していたことが発覚。ヴィンセントはスタインブレナーを野球界から永久追放処分としました。後に追放は解除されたものの、この一件はヴィンセントの強硬な姿勢を象徴するものとして語られています。

辞任とその後

オーナーたちの意に反する政策を次々と打ち出したヴィンセントは、次第に支持を失い、1992年9月7日に辞任に追い込まれます。その背景には、球団オーナーグループ「ザ・グレートレイクス・ギャング」による事実上のクーデターがあったとされています。

コミッショナー退任後は個人投資家として活動する傍ら、ニューイングランド大学対抗野球リーグ（NECBL）の会長を務めました。2002年には自伝『The Last Commissioner: A Baseball Valentine』を出版。野球に関する著書も多数執筆しました。2025年2月1日、膀胱癌のため86歳で死去。

フェイ・ヴィンセントは、MLBコミッショナーとして短い期間ながらも、その手腕を発揮し、球界に大きな影響を与えました。彼の功績と、その後の人生は、野球史に深く刻まれています。

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