フェミニスト経済学

フェミニスト経済学とは

フェミニスト経済学は、従来の経済学が社会的に構築されたものであるという認識から出発し、ジェンダーの視点を取り入れた経済研究です。従来の経済学が男性的な視点に偏っていると批判し、経済活動におけるジェンダーの役割、特に女性の無給労働やケア労働の重要性を強調します。フェミニスト経済学は、経済理論をより包括的にし、ジェンダー不平等を是正することを目的としています。

従来の経済学への批判

フェミニスト経済学は、従来の経済学が男性中心的な視点に基づいていると批判します。従来の経済学は、市場や個人の自律、抽象性、論理といった男性的な価値観を重視し、家庭内での経済活動や感情といった要素を見落としがちです。また、従来の経済学が前提とする「経済人（ホモ・エコノミクス）」という概念も批判の対象となります。経済人は、常に合理的で利己的な行動を取ると想定されていますが、フェミニスト経済学は、人間の行動が利己心だけでなく、感情や他者との関係にも影響されることを指摘します。

主な批判点

個人間の効用比較は不可能であるという主張: 従来の経済学では、個人の効用を比較することはできないとされますが、フェミニスト経済学は、個人の状況やジェンダーによって効用の感じ方が異なることを指摘します。
嗜好は外生的で不変であるという主張: 従来の経済学では、個人の嗜好は外部から与えられ、不変であるとされますが、フェミニスト経済学は、嗜好が社会的な要因やジェンダーによって変化することを指摘します。
経済主体は利己的であるという主張: 従来の経済学では、経済主体は利己的に行動するとされますが、フェミニスト経済学は、人間の行動には利己心だけでなく、協力や利他性も存在することを指摘します。
家計主は（家庭内で）利他的に行動するという主張: 従来の経済学では、家計主は家庭内で利他的に行動するとされますが、フェミニスト経済学は、家庭内でも権力関係が存在し、必ずしも利他的な行動ばかりではないことを指摘します。

フェミニスト経済学の視点

フェミニスト経済学は、従来の経済学が見落としてきた要素に光を当てます。

ケア労働と家事労働: 育児や家事労働といった無給のケア労働を経済活動として評価し、その重要性を強調します。従来の経済学では、これらの労働は経済活動として認識されず、女性の労働が過小評価されてきました。
ジェンダーと人種の影響: 経済分析において、ジェンダーと人種がどのように影響するかを考慮に入れます。特に、ジェンダーと人種が複合的に作用し、経済的な不平等を増大させることを指摘します。
権力関係: 経済活動における権力関係を重視します。特に、職場におけるジェンダーによる不平等を分析し、男性が優位に立っている状況を批判します。
経済人という虚構: 従来の経済学が前提とする「経済人」という概念を批判し、より現実的な人間の行動モデルを提案します。人間は感情や社会的な要因にも影響を受ける複雑な存在であり、経済分析もそのように行うべきだと主張します。
方法論の拡張: 経済学の研究方法が数学的分析に偏っていることを批判し、質的なデータやさまざまな研究手法を取り入れることを提案します。

国際貿易とジェンダー

フェミニスト経済学は、国際貿易がジェンダー不平等に与える影響についても分析します。例えば、輸出のために特定の作物を栽培することによって、女性の労働負担が増大する一方で、収入は男性が管理することが多いという問題を指摘します。また、貿易によって女性が安価な労働力として搾取されることも批判します。

フェミニスト経済学の目標

フェミニスト経済学は、経済学をより包括的で公正なものにすることを目標としています。ジェンダー、人種、階級といった社会的な要因を考慮に入れ、経済モデルをより現実的なものにすることを目指します。また、女性の無給労働を評価し、経済的な不平等を是正することを目指しています。フェミニスト経済学は、経済的な意思決定がジェンダーの平等と社会的な公正にどのように影響するかを理解し、より良い社会を築くための指針を提供します。

主要なフェミニスト経済学者

マリリン・ウォーリング
Ester Boserup
Marianne Ferber
Julie A. Nelson
Nancy Folbre
Diane Elson
Barbara Bergmann
Ailsa McKay

参考文献

マリリン・ウォーリング著、篠塚英子訳『新フェミニスト経済学』東洋経済新報社、1994年。
長田華子、金井郁、古沢希代子編『フェミニスト経済学経済社会をジェンダーでとらえる』有斐閣、2023年。
原伸子『ジェンダーの政治経済学福祉国家・市場・家族』有斐閣、2016年。
カトリーン・マルサル著、高橋璃子訳『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か？　これからの経済と女性の話』河出書房新社、2021年。
上野千鶴子『家父長制と資本制: マルクス主義フェミニズムの地平』岩波書店、2009年。