経済人

経済人（ホモ・エコノミクス）とは

経済人、またはホモ・エコノミクス（Homo economicus）とは、経済学において、個人の行動を説明するために仮定されたモデルです。このモデルは、人間が常に経済的合理性に基づいて行動し、自己の利益を最大化しようとする存在であると想定します。経済人モデルは、経済学の基本的な枠組みを構築する上で重要な役割を果たしましたが、現実の人間行動を説明する上では限界があることも指摘されています。

経済人モデルの概要

経済人モデルは、以下の3つの主要な特徴を持っています。

1. 経済的合理性: 経済人は、常に費用と便益を比較し、自分の利益を最大化する選択を行います。感情や倫理観などの非合理的な要素は考慮されません。
2. 個人主義: 経済人は、自分の利益を追求する独立した個人として行動します。社会的なつながりや集団の利益は考慮されません。
3. 利己主義: 経済人は、自分の利益のみを追求し、他者の利益を考慮しません。利他的な行動は、自己利益の追求の結果として発生するに過ぎません。

経済人モデルの歴史

経済人モデルの起源は、18世紀のアダム・スミスに遡ります。スミスは『国富論』において、人間は自己利益を追求することで、結果的に社会全体の利益にも貢献すると主張しました。この考え方は、ジェレミ・ベンサムの功利主義や、ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズらの限界効用理論に引き継がれ、経済学における人間行動のモデルとして定着しました。

初期の経済学では、快楽や苦痛を定量的に測定し、効用を最大化することが合理的な行動であると考えられました。しかし、心理学的な観点から効用の測定可能性に疑問が呈されるようになり、効用の実質的な内容を考慮せずに、選択の形式的な秩序のみを分析する方向へと移行しました。

経済人モデルの問題点と批判

経済人モデルは、経済学の発展に大きく貢献しましたが、現実の人間行動を説明する上で多くの問題点も抱えています。

1. 非現実的な仮定: 経済人モデルは、人間が常に合理的に行動すると仮定していますが、実際には感情や認知の偏り、社会的な影響など、多くの要因が意思決定に影響を与えます。そのため、経済人モデルは、現実の人間行動を正確に予測することができません。
2. 社会的な側面を無視: 経済人モデルは、個人主義的な視点に基づいており、社会的な相互作用や集団の規範を考慮しません。しかし、人間は社会的な存在であり、他者との関係の中で行動することが多く、経済人モデルは現実の社会における複雑な人間関係を説明できません。
3. 価値観を軽視: 経済人モデルは、物質的な利益のみを重視し、倫理的な価値観や道徳的な判断を軽視します。そのため、経済活動が社会に及ぼす影響や、道徳的な問題について考慮することができません。

これらの問題点を克服するために、近年では行動経済学が注目されています。行動経済学は、心理学や認知科学の知見を取り入れ、現実の人間行動をより正確に理解しようとする試みです。行動経済学の研究により、人間が必ずしも合理的ではなく、さまざまな認知バイアスや感情に左右されることが明らかになっています。

行動経済学の登場

経済学者は、「人は経済合理性を求めているはずだ」という仮定・前提を引きずりつつ「限定合理性」という用語・概念を作りだして分析するようになりました。また別角度からは「利他性」という用語・概念を用いて分析されるようになりました。さらには、実際の観察や実験によって、実際の人間の行動はそもそも根本的に「経済合理性」といった軸や理屈ではなく、根本的にかなり異なった形で人間の心に立ち現れて心理的・情的に選択されている、ということが明らかになり、行動経済学という分野で、実際の観察および心理学や認知科学の知識を基盤として研究されるようになってきています。

まとめ

経済人モデルは、経済学の発展に貢献しましたが、現実の人間行動を説明する上では限界があります。人間は、経済合理性だけでなく、感情や社会性、価値観など、さまざまな要素に基づいて行動します。そのため、今後の経済学は、行動経済学の知見を取り入れ、より現実的な人間行動モデルを構築していく必要があるでしょう。

参考文献

アダム・スミス『国富論』
友野典男『行動経済学 -経済は感情で動いている-』光文社〈光文社新書〉、2006年
カール・ポランニー『大転換－市場社会の形成と崩壊』東洋経済新報社、1975年 / 新訳版、2009年
重田園江『ホモ・エコノミクス－「利己的人間」の思想史』筑摩書房、ちくま新書、2022年

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