フェリックス・キャンデラ

フェリックス・キャンデラ（1910-1997）は、スペインに生まれ、主にメキシコで活躍した稀代の構造家、建築家、そして建設業者です。彼の名は、構造とデザインが見事に融合した、流れるような曲線を持つ革新的なハイパーボリック・パラボロイド（HP）シェル構造の建築物と同義とされています。

マドリードで建築を学んだキャンデラは、幾何学に秀でていただけでなく、スポーツでも才能を発揮し、国内チャンピオンになるほどの多才ぶりでした。しかし、1936年のスペイン内戦勃発により、彼のキャリアは予期せぬ方向へ転換します。留学を目前にしながらも祖国に留まり、共和国派として従軍。終戦後、やむなくメキシコへの亡命を選択しました。

メキシコに渡った当初、彼は建築業に従事しながら、徐々に設計の仕事を開始します。1950年には、設計から施工、構造解析まで一貫して行う自身の会社、Cubiertas ALA S.A.を設立。発展途上であった当時のメキシコでは、建築家が建設業者を兼ねる必要があり、この環境がキャンデラの設計・施工一体型のスタイルを育みました。

キャンデラが特に傾倒したのが、HPシェル構造です。これは、双曲幾何学に基づいた構造体で、自然界の貝殻のような薄膜構造が持つ構造的な利点を建築に応用したものです。応力が部材の面内に均等に分散されるため、厚みを極限まで薄くすることが可能となり、軽量でありながら高い耐久性を実現できます。梁や柱を最小限に抑えられるため、広々とした無柱空間を生み出せると同時に、コスト効率にも優れていました。メキシコシティの軟弱な地盤において、1985年の大地震でもキャンデラの建物が無傷であったことは、その構造的な卓越性を証明しています。

彼の名を一躍有名にしたのは、1951年に手掛けたメキシコ国立自治大学宇宙線研究所の建物です。観測のために極めて薄いコンクリート屋根が必要とされたこのプロジェクトで、キャンデラはHPシェル構造を採用し、頂部わずか1.5cmという驚異的な薄さのシェルを実現しました。当時、複雑な構造計算をコンピュータに頼ることが難しかった時代に、彼は実験模型さえ作らず、構造力学的な直観と経験に基づいた簡単な手計算と実物大モデルによる試行錯誤でこれを成し遂げました。この経験的な設計スタイルは、生涯にわたり彼の創作の基盤となりました。

HPシェル構造は、直線部材のみで型枠を組めるため、RC造の施工が比較的容易であるという実用的な利点も持っていました。型枠を取り外した後にコンクリート表面に残るプリーツ状の打ち跡は、意図せずとも独特で美しいテクスチャーとなり、彼の建築の視覚的な特徴の一つとなりました。

構造的な合理性を徹底的に追求したキャンデラの建築は、しばしば外観デザインが簡素になりがちでした。そのため、一時期は単なる構造家と見なされることもありましたが、構造に正直でありながらアクロバティックな空間表現を実現した彼の力量は、ポストモダニズム建築の終焉後、モダニズム建築の新たな可能性を示すものとして再評価されるようになりました。

特に彼の教会建築では、HPシェル面に大胆に設けられたスリットが、トップライトやハイサイドライトとして機能し、内部空間に劇的な光の効果をもたらします。ステンドグラスを通して降り注ぐ光と、幾重にも重なるシェルが生み出す光と影の交錯は、外部からは想像できないような、神秘的で感動的な宗教的空間を創り出しています。

1971年からはアメリカに移住し、多くの大学で教鞭をとりました。国際的な賞を多数受賞しましたが、彼の主要な作品のほとんどはメキシコに残されています。フェリックス・キャンデラは、構造技術と建築芸術を結びつけ、コンクリートによる自由で美しい空間表現の可能性を切り拓いた、20世紀を代表する建築家の一人です。

主要作品の一部

メキシコ国立自治大学宇宙線研究所（1951年）
イグレシア・デ・ラ・ビルヘン・ミラグローサ教会（1953年）
ソチミルコのレストラン（1957年）
バカルディ本社工場（瓶詰工場）（1959年）
キャンデラリア地下鉄駅（1967年）
スポーツ・パレス（メキシコオリンピック屋内競技場）（1968年）

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