フェルディナント・テンニース

フェルディナント・テンニース（Ferdinand Tönnies、1855年 7月26日 - 1936年 4月9日）は、19世紀後半から20世紀前半にかけて活躍したドイツの著名な社会学者です。彼の最も重要な業績は、社会を根本的に異なる二つの類型、「ゲマインシャフト（共同社会）」と「ゲゼルシャフト（利益社会）」に区分し、社会の歴史的な変化をこれらの概念を用いて捉え直したことにあります。この対照的な概念は、その後の社会学の発展に計り知れない影響を与えました。

思想：ゲマインシャフトとゲゼルシャフト

テンニースの社会理論の核となるのは、人間の意志に基づいた社会関係の分析です。彼は、あらゆる社会的な相互作用や集団は、人間の思考と意思によって形成されると考えました。そして、その意思には二つの根源的な形態があることを区別しました。一つは、人間が本能的、感情的、あるいは習慣的に内面から自然発生的に持つ「本質意思（Wesenwille）」であり、もう一つは、目的達成のために合理的に計算し、選択する「選択意思（Kürwille）」です。

テンニースは、この二つの意思形態が、それぞれ異なる社会的な結合様式を生み出すと考えました。本質意思に基づく自然な結合こそが「ゲマインシャフト（Gemeinschaft）」、すなわち共同社会を形成します。ここでは、人々は血縁や地縁、友情といった感情的な絆や習慣によって結びつき、お互いを全人格的に受け入れます。家族、古くからの友人グループ、伝統的な村落などが典型的な例です。ゲマインシャフトにおける関係は、それ自体が目的であり、成員は一体感を共有します。

一方、選択意思に基づく人為的、機能的な結合が「ゲゼルシャフト（Gesellschaft）」、すなわち利益社会を形成します。ここでは、人々は特定の目的や利害のために契約を結び、互いをその機能や役割においてのみ認識します。企業、近代的な都市、国家などがゲゼルシャフトの例として挙げられます。ゲゼルシャフトにおける関係は、目的を達成するための手段であり、成員は個々の利益を追求する傾向があります。

テンニースは、このゲマインシャフトとゲゼルシャフトの区別が単なる形式的な類型にとどまらず、歴史的な社会発展のプロセスをも示していると考えました。つまり、社会は伝統的なゲマインシャフト的な状態から、近代化に伴ってゲゼルシャフト的な状態へと移行していくという視点を提示したのです。これは、社会が感情的な絆や共同体的な連帯から、合理的な取引や契約に基づく関係性へと変化していく過程を捉えるフレームワークとなりました。

経歴

フェルディナント・テンニースは、1855年に現在のドイツ北部、シュレースヴィヒ＝ホルシュタイン州の豊かな農村で生まれました。少年期を自然豊かな環境で過ごしたことは、彼の保守的な気質を育む一因となったとされます。

大学では幅広い学問に触れました。1872年にシュトラスブルク大学に入学後、イェーナ大学やベルリン大学で学び、テュービンゲン大学で古典言語学の学位を取得しました。しかし、彼の関心は次第に政治哲学や現実の社会問題へと移っていきました。

当時の社会情勢に関心を寄せたテンニースは、理論的な研究に留まらず、実践的な社会活動にも積極的に関わりました。労働組合や協同組合運動を支持し、さらに遠く離れたフィンランドやアイルランドの独立運動への支援も行っています。

学術的なキャリアとしては、1881年にキール大学の哲学・社会学の私講師となり、教育・研究活動を開始しました。長年の活動と研究が認められ、1913年には同大学の正教授に昇進しました。

また、ドイツ社会学会の設立にも貢献し、1909年から1933年までの長きにわたり会長を務めました。ドイツ社会学の確立と発展において中心的な役割を果たした人物と言えます。

晩年、テンニースは当時のドイツで台頭しつつあったナチズムとその反ユダヤ主義的な政策に対して、公然と批判の声を上げました。その勇気ある行動により、1932年から1933年にかけて、長年務めたキール大学の名誉教授の地位を剥奪されるという憂き目に遭いました。

主要著作

『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』(Gemeinschaft und Gesellschaft, 1887年) - 彼の主著であり、ゲマインシャフトとゲゼルシャフトの概念を体系的に展開した作品。
『ホッブズ――その生涯と学説』(Hobbes. Leben und Lehre, 1896年)
『ニーチェ崇拝』(Der Nietzsche-Kultus, 1897年)
『社会問題の発展』(Die Entwicklung der sozialen Frage, 1907年)
『風俗』(Die Sitte, 1909年)
『マルクス――その生涯と学説』(Marx. Leben und Lehre, 1921年)
『世論の批判』(Kritik der öffentlichen Meinung, 1922年)
『社会学的研究と批判』(Soziologische Studien und Kritiken, I-III, 1924-1929年)
* 『社会学入門』(Einführung in die Soziologie, 1931年)

フェルディナント・テンニースの提唱したゲマインシャフトとゲゼルシャフトの概念は、その後の社会学、特に社会変動や都市社会学の研究において基本的な分析ツールとして広く受け入れられ、現代社会を理解する上で欠かせない視点を提供し続けています。

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