フォーラーネグレリア

フォーラーネグレリア (Naegleria fowleri)

フォーラーネグレリアは、ヘテロロボサ類に分類される、水中で独立して生活するアメーバの一種です。主に25℃から35℃程度の比較的暖かい淡水環境に生息しており、湖、川、温泉などで見られます。このアメーバの特徴の一つに、その生活環の中で、一時的に鞭のような構造を持つ鞭毛型に変化する能力がある点が挙げられます。

病原性と疾患

このアメーバはヒトに対する強い病原性があり、非常に稀ですが、脳や髄膜に重い炎症を引き起こす「原発性アメーバ性髄膜脳炎」（Primary Amoebic Meningoencephalitis, PAM）という致死的な疾患の原因となります。PAMは進行が極めて速く、感染初期には、匂いや味の感じ方が変わるなどの嗅覚の変化が現れることがあります。その後、吐き気、嘔吐、発熱、激しい頭痛といった症状が急速に進行し、短期間で昏睡状態を経て死に至る極めて危険な疾患です。その高い致死率と病態から、「殺人アメーバ」や「脳食いアメーバ」と通称されることもあります。

このアメーバは、1965年にオーストラリアのマルコム・フォーラー博士とR.F.カーター博士によって初めて医学論文として報告されました。学名の Naegleria fowleri は、発見者の一人であるフォーラー博士の名前から名付けられています。

感染経路と病態

PAMの発症例は、特に基礎疾患による免疫力の低下がない健康な子供や若者に多く見られます。感染は、フォーラーネグレリアが生息する淡水環境で水泳や入浴などを行った際に、アメーバを含んだ水が鼻腔に入り込むことによって起こることが一般的です。鼻から侵入したアメーバは、鼻腔の奥にある嗅粘膜やその周辺組織を突き破って体内に侵入します。その後、嗅神経を伝って脳へ向かい、脳組織に激しい炎症や壊死、出血を引き起こしながら急速に広がります。

治療と予後

PAMに対する治療は極めて困難です。現在、最も効果が期待されている薬剤はアムホテリシンBですが、残念ながら発症後の予後は非常に悪く、これまでに治療が成功し生存した例は世界でも極めて限られています。実験室レベルではアムホテリシンBがフォーラーネグレリアを効果的に死滅させることが示されており、リファンピシンなどの他の薬剤と併用されることもあります。より効果的な治療法として、抗体を用いた治療法なども研究されていますが、決定的な治療法は確立されていません。さらに、症状の進行が非常に速いため、生前にフォーラーネグレリア感染症であると正確に診断される例が少ないことも、治療を成功させる上で大きな課題となっています。近年ではミルテホシンという薬剤が治療に使用されることもあります。

検出方法

環境水などからのフォーラーネグレリアの検出には、まず採取した水試料に大腸菌などの細菌を加えて遠心分離し、アメーバを含む沈殿物を得ます。この沈殿物を栄養分を含まない寒天培地に置き、数日後に顕微鏡で観察して、アメーバの特徴的な形態（シストや活動型）を持つものを確認します。最終的な種の同定には、形態観察だけでなく、遺伝子解析などの分子生物学的な手法や生化学的な手法が用いられます。

国内外の状況

日本国内では、これまでにフォーラーネグレリアによるPAMの確定診断例は極めて稀です。唯一の報告例は、1996年11月に佐賀県鳥栖市で確認された25歳女性のケースです。この患者は発症後わずか9日で死亡しており、病理解剖では脳が著しく破壊されていたことが報告されています。この事例では感染経路が特定されておらず、海外渡航歴や温泉、プール、24時間風呂などの明らかな感染機会も確認されなかったとされています。

日本国内の温浴施設などの水質調査では、フォーラーネグレリア自体が検出されることはほとんどありません。しかし、病原性のない近縁種であるナエグレリア・ロバニエンシス（Naegleria lovaniensis）などは比較的多く検出されており、フォーラーネグレリアが生息しうる温度の淡水環境は日本国内にも存在します。近年、レジオネラ対策として浴槽水の残留塩素濃度が厳しく管理されるようになった結果、循環式の温浴施設における近縁アメーバの検出率は減少傾向にあります。一方で、源泉かけ流しの浴槽や、配管などに形成される微生物の膜であるバイオフィルムからは、アメーバが検出されるケースが増えています。アメーバはバイオフィルム内で増殖しやすい性質を持っています。そのため、河川や湖沼などで微生物を利用した水質浄化を行う際に、アメーバが増殖する可能性も指摘されています。

アメリカ合衆国では、1962年から2015年8月までの間に134件のPAM感染例が報告されており、そのうち生存者はわずか3名と、やはり極めて高い致死率が示されています。興味深い感染経路として、2011年にルイジアナ州で発生した2件の死亡例があります。これらのケースでは、感染者が日常的に使用していた自宅の温水器や浴槽排水溝からフォーラーネグレリアが検出されました。さらに、両者とも鼻洗浄器を使用しており、本来使用すべき蒸留水や殺菌水ではなく水道水を使用し、かつ機器の手入れが不十分であったことが判明しました。保健当局は、家庭内で増殖したアメーバが鼻洗浄器を介して鼻腔に侵入した可能性が高いと結論付け、不適切な鼻洗浄器の使用に対する注意喚起を行いました。この事例以降、鼻洗浄器からの感染報告はないことから、比較的特殊なケースであったと考えられています。テキサス州でも多くの感染例が報告されており、1983年から2010年の間に28名の死亡例があります。また、2020年には6歳の少年が感染して死亡したことを受け、州知事が災害宣言を発令する事態となりました。

近縁種

フォーラーネグレリアにはいくつかの近縁種が存在します。例えば、ナエグレリア・ロバニエンシス（Naegleria lovaniensis）は形態や生息環境がフォーラーネグレリアと似ていますが、人に対する病原性はありません。フォーラーネグレリア、ナエグレリア・ロバニエンシス、ナエグレリア・ヨハンセニ（Naegleria johanseni）、ナエグレリア・マルティネシ（Naegleria martinezi）の4種は、ネグレリア属の中で「クラスター1」と呼ばれるグループに分類されています。

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