バイオフィルム

バイオフィルム（菌膜）とは

バイオフィルムとは、微生物が固体や液体の表面に付着し、形成する膜状の構造体のことです。身近な例としては、歯垢や台所のヌメリなどが挙げられます。自然界にも広く存在し、水と基質があれば、あらゆる場所に形成されます。例えば、水中の石の表面に付着している膜状のものがその一例です。

バイオフィルムの概要

バイオフィルム内には、好気性菌から嫌気性菌、独立栄養生物から従属栄養生物まで、多様な微生物が生息しています。これらの微生物は、クオルモンなどの情報伝達物質を介して互いにコミュニケーションを取り合い、複雑なコミュニティを形成していると考えられています。

医療におけるバイオフィルム

医療現場では、カテーテルなどに黄色ブドウ球菌などがバイオフィルムを形成することが問題視されています。バイオフィルム内部の細菌は、抗生物質や免疫機能に対して高い抵抗性を持つため、感染症治療を困難にするからです。近年では、バイオフィルム感染症に対する新たな治療法として、ファージセラピーが注目され、一部の国では臨床応用されています。

歯科医療においては、う蝕（虫歯）と歯周病という二大疾患が、いずれもバイオフィルム感染症であることが重要な課題となっています。口腔内は、温度、栄養、水分が豊富で、バイオフィルムの繁殖に最適な環境です。さらに、歯は皮膚や粘膜のように剥がれ落ちることがないため、バイオフィルムが定着・成長しやすいという特徴があります。歯科衛生士は、専用の器具を用いて歯の表面からバイオフィルムを除去しますが、完全に除去することは困難です。

生態系におけるバイオフィルム

バイオフィルムは、岩石、堆積物、植物、藻類など、自然界のあらゆる場所に存在しています。バイオフィルムの内部と外部では微生物の生息密度が大きく異なり、水中では数百倍から数千倍もの差が生じることがあります。バイオフィルム内には、細菌だけでなく、原生動物や藻類など、多様な生物が生息しており、自然界における物質の循環や浄化作用に深く関わっていると考えられています。また、岩石表面のバイオフィルムは、貝などの生物にとって重要な食料源となっています。

バイオフィルムの構造

バイオフィルムは、主に以下の要素で構成されています。

基質: 微生物が付着する固体または液体の表面
細菌: バイオフィルムを構成する主要な微生物
細胞外多糖（EPS）: 細菌が分泌する多糖類で、バイオフィルムの構造を安定化させ、内部の細菌を保護する役割を果たす

EPSは、バリアーとして機能し、抗菌剤や免疫細胞の侵入を防ぎます。また、栄養分の運搬経路としての役割も果たし、バイオフィルム内部の細菌に栄養を供給します。バイオフィルムは、栄養状態、温度、光などの環境条件によって規模や形態が異なり、多くの場合、立体的な構造を持っています。コロニー内部にも環境条件の違いが存在し、微生物の棲み分けが見られることもあります。

バイオフィルムの成り立ち

バイオフィルムは、以下の段階を経て形成されます。

1. コンディショニングフィルムの形成: 基質表面に有機物やイオンが付着し、薄い膜（コンディショニングフィルム）が形成される
2. 細菌の付着: コンディショニングフィルムに細菌が付着し始める。付着と脱離を繰り返しながら、徐々に生息数を増やす
3. EPSの分泌とコロニー形成: 細菌がEPSを分泌し、コロニーを形成する
4. バイオフィルムの成熟: コロニーが成長し、バイオフィルムが成熟する
5. 細菌の放出: バイオフィルム内部が過密になると、コロニーが破壊され、細菌が放出される

バイオフィルムのコロニーには、複数種の微生物が生息し、動的平衡を保っています。コロニー内の細菌は、EPSや構造の隙間を利用して物質のやり取りを行い、EPSは、構造の支持体や防護膜として機能するだけでなく、養分の運搬・保持、酵素の伝達など、内部環境の恒常性を保つ役割も担います。

バイオフィルムの形成抑制と除去

バイオフィルムの形成を抑制するには、物体表面の清浄を保つことが最も重要です。食品添加物の中には、ショ糖脂肪酸エステルのように、食中毒菌のバイオフィルム形成を抑制する効果を持つものがあります。また、緑茶に含まれるエピガロカテキンガレート（EGCG）にも、大腸菌のバイオフィルム形成抑制効果があることが報告されています。

バイオフィルムが形成された場合は、化学的除去（洗浄剤の使用）、生物的除去（酵素の使用）、物理的除去（高圧洗浄や超音波の使用）などの方法で除去を試みます。しかし、バイオフィルムは一度形成されると除去が困難になるため、予防が最も重要です。

参考文献

日本微生物生態学会バイオフィルム研究部会 編著 『バイオフィルム入門 : 環境の世紀の新しい微生物像』日科技連出版社、東京都、2005年。ISBN 4-8171-9162-7。

もう一度検索