フザリウム

フザリウム：多様な生態と複雑な分類を持つカビ

フザリウム(Fusarium)は、世界中に生息する糸状菌（カビ）の一属です。その形態は多様で、菌糸は発達し規則的な隔壁を持ちます。寒天培地上では、最初は白っぽいコロニーですが、成長と共に桃色、紫、黄色、赤など様々な色素を産生する種も存在します。

フザリウムの大きな特徴は、大小2種類（大型分生子と小型分生子）の分生子と、近年発見された中型分生子の形成にあります。大型分生子は三日月型〜鎌型で多細胞構造、小型分生子は倒棍棒状〜球形と多様で単細胞です。これらの分生子は、フィアロ型（形成細胞の先端から押し出される）に形成されます。また、中型分生子は出芽型に形成される場合もあります。分生子の形成部位に基づき、分生子座性分生子や気生分生子といった分類法も提案されています。

フザリウムは、不完全世代の名称であり、完全世代は種によって異なり、Nectria、Gibberella、Calonectria、Hypomycesなどの子嚢菌が知られています。中でも、アカツブタケ属(Nectria)は、枯れ木に小さな球形の子実体を形成する菌として有名です。

分類をめぐる歴史と分子遺伝学

フザリウムの分類は長く議論されてきました。「ランパー」（大きくまとめる）と「スプリッター」（細かく分ける）の2つの学派が対立していましたが、Nelsonらが1983年に発表した書籍によって、スプリッター派の分類が広く受け入れられるようになりました。

しかし、近年は分子遺伝学的手法の発達により、従来の種は複合種であることが判明し、多くの新種が提案されています。形態だけでは区別がつかない種もあるため、種の数は2006年時点で百数十種、将来的には500種を超える可能性があるとされています。F. graminearumやF. moniliforme（現在はF. verticillioidesに名称変更）などがその代表例です。

フザリウムの生態と影響

フザリウムは、植物や動物、さらには人間にも影響を及ぼす多様な生態を示します。

植物病原菌としてのフザリウム

多くのフザリウム種は植物病原菌であり、農業に深刻な被害を与えています。F. oxysporumによる導管病やF. solaniによる根腐病など、様々な作物にフザリウム病を引き起こします。これらは「フザリウム病」と総称され、作物によってつる割病、萎黄病、萎ちょう病、半枯病、腐敗病、乾腐病、根腐病など、様々な症状を引き起こします。

F. oxysporumは、作物の導管内で繁殖し、生育不良、黄化、萎ちょうなどを引き起こし、最終的には枯死に至らしめます。F. solaniは、根や地際部に寄生し、壊死や腐敗を引き起こします。これらの防除には、物理化学的防除法（薬剤処理、熱処理など）と生態的防除法（温度・水分管理、輪作、生物的防除など）が用いられます。

マイコトキシン生産

一部のフザリウムは、マイコトキシンと呼ばれるカビ毒を生産します。トリコテセン系マイコトキシン（デオキシニバレノール、ニバレノール、T-2トキシンなど）、ゼアラレノン、フモニシン、ブテノライドなどが知られています。これらの毒素は、穀物などを汚染し、ヒトや家畜に深刻な健康被害を引き起こします。

ヒトへの影響

免疫機能が低下した患者では、フザリウムは深在性真菌症を引き起こすことがあります。また、眼や爪の真菌症、角膜真菌症の原因となる場合もあります。F. oxysporum、F. solani、F. verticillioidesなどが主な病原種です。

その他の被害

フザリウムは昆虫、魚、エビなどにも寄生し、養殖漁業に被害を与える場合があります。また、水環境にも出現し、台所や浴室の排水溝などに繁殖し、赤い汚れの原因となることもあります。

樹木におけるフザリウム

一部のフザリウムは赤い色素を産生し、樹木の樹液に繁殖すると、赤や桃色に染まった状態が見られます。古くは「木の切り傷から血が流れていた」と誤解されたこともあるようです。この状態は、F. aquaeductuumによるものとされています。

食用としての利用

Fusarium venenatumは、クォーンという代用肉製品の原料として利用されています。これはマイコプロテイン（微生物タンパク質）として表示されています。ヴィーガン対応のものもありますが、卵や牛乳を含む製品もあるため注意が必要です。また、フザリウムに対する食物アレルギーも存在します。

生物兵器としての懸念

フザリウムは、過去に生物兵器として利用された可能性が指摘されています。「イエローレイン」と呼ばれる事件では、ソ連がフザリウムに汚染された兵器を使用し、多数の死者を出したとアメリカは主張していますが、ソ連側は否定しています。また、麻薬根絶のための除草剤としての利用も提案されましたが、生物兵器利用の懸念から放棄されています。

まとめ

フザリウムは、多様な種と生態を持ち、植物、動物、そして人間に様々な影響を与える菌類です。その分類、生態、病原性、さらには生物兵器としての可能性まで、多角的な視点から理解を深めることが重要です。

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