フッガー家
フッガー家は、現在のドイツ南部、バイエルン州のアウクスブルクを本拠地とした、中世末期から近世にかけて栄えた豪商であり貴族です。彼らは鉱山開発や金融業を中心に事業を展開し、莫大な富を築き上げました。特に宗教改革の前後を通じてヨーロッパ経済の中心的担い手となり、カトリック教会や当時の大国であるハプスブルク家の財政を支えるなど、その影響力は絶大でした。経済史においては、彼らが最も繁栄した16世紀を「フッガー家の時代」と呼んで評価されることもあります。
イタリアのメディチ家としばしば比較されるフッガー家は、その起源を農民に遡ります。レヒフェルト地方のグラーペン村で織工を営んでいた彼らの中から、二代目のハンス・フッガーが1367年にアウクスブルクに移り住み、ここを一族の新たな拠点と定めました。アウクスブルクは北イタリアとの交易で栄える都市であり、ハンスもヴェネツィアから原料を輸入する商取引に着手します。
ハンスの子であるアンドレアスとヤーコプも香辛料などの貿易に関わり、1400年頃には共同で商会を設立しましたが、1452年には事業を分割します。以降、アンドレアスの家系は紋章から「野呂鹿のフッガー家」、ヤーコプの家系は「ユリのフッガー家」と呼ばれるようになります。野呂鹿のフッガー家は15世紀末から16世紀末にかけて破産により勢いを失いますが、その子孫は第二次世界大戦終結までシレジア地方に居住していました。
一方、「ユリのフッガー家」は驚異的な発展を遂げます。1473年に神聖ローマ皇帝からユリの紋章を授与され、1485年には銀の先買権を獲得して巨額の利益を上げました。特に、1490年にティロルの銀山領主が皇帝マクシミリアン1世となったことを機に、ヤーコプは皇帝との緊密な関係を築き上げます。1494年、ヤーコプの息子であるウルリヒ、ゲオルク、そして同名のヤーコプの三兄弟が契約を結び、正式な商会が設立されました。この商会は、兄弟で資産を個別に分けることなく、生き残った者が全体を運営するという特徴的な仕組みを持ちました。同年にはノイゾールの銅山を手に入れ、翌年にはトゥルゾー家と共同で「ハンガリー貿易会社」を設立してシレジアの金山の大部分を支配下に置くなど、鉱山業と貿易を強力に推進しました。支店網もヴェネツィアをはじめとする主要都市に広がります。
ウルリヒとゲオルクの死去後、1511年にヤーコプは「ヤーコプ・フッガーとその甥たち」という新たな商会を設立しました。同年には神聖ローマ帝国の貴族に列せられ、1514年には伯爵に叙せられるなど、社会的地位も向上させます。ヤーコプはスペイン国王やローマ教皇の財政も担うようになり、彼らの御用銀行としての役割を果たしました。1517年の贖宥状（免罪符）販売は、ブランデンブルク公がフッガー家への借金を返済するための一助ともなっています。1519年には、カルロス1世の神聖ローマ皇帝選挙資金として巨額を貸し付け、彼の皇帝選出に大きく貢献しました。ヤーコプは貸付金の回収のため、カルロス1世が支配するナポリ王国の収入や、スペインの騎士修道会領地の地代収入の一部を受け取る契約を結んでいましたが、経済史家の見解では、カルロス5世はフッガー家だけでなくジェノヴァの銀行からも多額の借入を行っていたことが指摘されています。
ヤーコプには直系の男子がいなかったため、事業の後継者には甥のアントーンを指名しました。アントーンの時代にフッガー家の事業は最盛期を迎え、80以上の都市に支店を展開し、資産は710万フローリンに達しました。これは、同時代のメディチ家やウェルザー家が10程度の都市にしか支店を持たなかったことと比べると、その規模の巨大さが際立ちます。アントーン自身も1530年に帝国伯爵に叙され、1538年にはアウクスブルクの都市貴族としての地位を確立するとともに、バーベンハウゼンの領有権を獲得するなど、一族の貴族化と領地拡大を推し進めました。1600年までには、フッガー家は100の村と50の土地に対する領主権を手中に収めました。
しかし、新大陸からの大量の銀流入によるヨーロッパの鉱山経営の悪化や、主要顧客であるスペイン王室をはじめとする王侯たちが戦争費用捻出のために借入金の返済を停止するなど、事業環境は厳しさを増していきます。また、アントウェルペン支店の責任者が当主アントーンの指示に従わず、スペイン王室からの債権回収に失敗して多額の損失を出すなど、広大な支店網に対する統制が困難になりつつある兆候も見られました。特にスペイン、そしてフランス王室からの相次ぐ債務不履行は、フッガー家の経営に壊滅的な打撃を与え、衰退の大きな要因となりました。
1560年、アントーンは遺言を残し、事業を兄ライモントの家系と自身の子からそれぞれ代表を選出して共同運営するよう定めましたが、アントーンの死後、一族内で内紛が発生しました。結局、アントーンの長子マルクスの代に、事業は三十年戦争の終結を待たずに解散へと至りました。
事業体としてのフッガー家は解散しましたが、一族は貴族として存続しました。アントーンの三男の子孫であるフッガー・バーベンハウゼン家からは、1803年にアンセルム・マリア・フッガー・フォン・バーベンハウゼンが帝国諸侯に叙され、バーベンハウゼン侯国を築きましたが、これもわずか3年後の1806年にはバイエルン王国に併合され、他のフッガー家系と共に陪臣化し、シュタンデスヘルとして存続しました。バーベンハウゼン家からは第二次世界大戦時のドイツ空軍少将レオポルド伯などの人物も輩出されています。この他にも、アントーンの次男の子孫であるフッガー・グレト家や、アントーンの兄ライモントの子孫であるフッガー・キルヒベルク＝ヴァイセンホルン家など、様々な家系が今日まで続いています。アントーンの息子ハンスの家系がかつて居城としたキルヒハイム宮殿は、現在も利用されています。
フッガー家の成功を支えた要因の一つに、先進的な会計技術があります。ヤーコプ・フッガーや、後にフッガー家の会計主任となるマッティウス・シュヴァルツは、当時最先端であったヴェネツィアで複式簿記を学び、これを事業経営に取り入れました。特にアントーンの時代には、1527年に本店と支店の取引を統合した会計諸表が作成されました。これは現代の連結財務諸表に相当する内容を含んでおり、当時の財産状況や期間損益を把握するために重要な役割を果たしました。フッガー家は、財産目録や貸借対照表を重視する独自の会計手法を発展させ、巨大な事業の管理に活用しました。会計主任シュヴァルツは、その知識を体系化し、簿記に関する著作を執筆しましたが、これは出版されずとも写本が現存しており、代理人簿記や損益計算の方法などが詳細に記されています。
また、フッガー家は文化や慈善活動にも貢献しました。有名な画家アルブレヒト・デューラーらを支援するパトロン活動を行ったほか、1516年にはヤーコプ・フッガーが貧しい市民のための集合住宅であるフッガーライを設立しました。これは世界最古の社会福祉住宅と言われており、現在も活動を続けています。このように、フッガー家は単なる経済活動にとどまらず、文化や社会にも影響を与えた一族でした。
イタリアのメディチ家としばしば比較されるフッガー家は、その起源を農民に遡ります。レヒフェルト地方のグラーペン村で織工を営んでいた彼らの中から、二代目のハンス・フッガーが1367年にアウクスブルクに移り住み、ここを一族の新たな拠点と定めました。アウクスブルクは北イタリアとの交易で栄える都市であり、ハンスもヴェネツィアから原料を輸入する商取引に着手します。
ハンスの子であるアンドレアスとヤーコプも香辛料などの貿易に関わり、1400年頃には共同で商会を設立しましたが、1452年には事業を分割します。以降、アンドレアスの家系は紋章から「野呂鹿のフッガー家」、ヤーコプの家系は「ユリのフッガー家」と呼ばれるようになります。野呂鹿のフッガー家は15世紀末から16世紀末にかけて破産により勢いを失いますが、その子孫は第二次世界大戦終結までシレジア地方に居住していました。
一方、「ユリのフッガー家」は驚異的な発展を遂げます。1473年に神聖ローマ皇帝からユリの紋章を授与され、1485年には銀の先買権を獲得して巨額の利益を上げました。特に、1490年にティロルの銀山領主が皇帝マクシミリアン1世となったことを機に、ヤーコプは皇帝との緊密な関係を築き上げます。1494年、ヤーコプの息子であるウルリヒ、ゲオルク、そして同名のヤーコプの三兄弟が契約を結び、正式な商会が設立されました。この商会は、兄弟で資産を個別に分けることなく、生き残った者が全体を運営するという特徴的な仕組みを持ちました。同年にはノイゾールの銅山を手に入れ、翌年にはトゥルゾー家と共同で「ハンガリー貿易会社」を設立してシレジアの金山の大部分を支配下に置くなど、鉱山業と貿易を強力に推進しました。支店網もヴェネツィアをはじめとする主要都市に広がります。
ウルリヒとゲオルクの死去後、1511年にヤーコプは「ヤーコプ・フッガーとその甥たち」という新たな商会を設立しました。同年には神聖ローマ帝国の貴族に列せられ、1514年には伯爵に叙せられるなど、社会的地位も向上させます。ヤーコプはスペイン国王やローマ教皇の財政も担うようになり、彼らの御用銀行としての役割を果たしました。1517年の贖宥状（免罪符）販売は、ブランデンブルク公がフッガー家への借金を返済するための一助ともなっています。1519年には、カルロス1世の神聖ローマ皇帝選挙資金として巨額を貸し付け、彼の皇帝選出に大きく貢献しました。ヤーコプは貸付金の回収のため、カルロス1世が支配するナポリ王国の収入や、スペインの騎士修道会領地の地代収入の一部を受け取る契約を結んでいましたが、経済史家の見解では、カルロス5世はフッガー家だけでなくジェノヴァの銀行からも多額の借入を行っていたことが指摘されています。
ヤーコプには直系の男子がいなかったため、事業の後継者には甥のアントーンを指名しました。アントーンの時代にフッガー家の事業は最盛期を迎え、80以上の都市に支店を展開し、資産は710万フローリンに達しました。これは、同時代のメディチ家やウェルザー家が10程度の都市にしか支店を持たなかったことと比べると、その規模の巨大さが際立ちます。アントーン自身も1530年に帝国伯爵に叙され、1538年にはアウクスブルクの都市貴族としての地位を確立するとともに、バーベンハウゼンの領有権を獲得するなど、一族の貴族化と領地拡大を推し進めました。1600年までには、フッガー家は100の村と50の土地に対する領主権を手中に収めました。
しかし、新大陸からの大量の銀流入によるヨーロッパの鉱山経営の悪化や、主要顧客であるスペイン王室をはじめとする王侯たちが戦争費用捻出のために借入金の返済を停止するなど、事業環境は厳しさを増していきます。また、アントウェルペン支店の責任者が当主アントーンの指示に従わず、スペイン王室からの債権回収に失敗して多額の損失を出すなど、広大な支店網に対する統制が困難になりつつある兆候も見られました。特にスペイン、そしてフランス王室からの相次ぐ債務不履行は、フッガー家の経営に壊滅的な打撃を与え、衰退の大きな要因となりました。
1560年、アントーンは遺言を残し、事業を兄ライモントの家系と自身の子からそれぞれ代表を選出して共同運営するよう定めましたが、アントーンの死後、一族内で内紛が発生しました。結局、アントーンの長子マルクスの代に、事業は三十年戦争の終結を待たずに解散へと至りました。
事業体としてのフッガー家は解散しましたが、一族は貴族として存続しました。アントーンの三男の子孫であるフッガー・バーベンハウゼン家からは、1803年にアンセルム・マリア・フッガー・フォン・バーベンハウゼンが帝国諸侯に叙され、バーベンハウゼン侯国を築きましたが、これもわずか3年後の1806年にはバイエルン王国に併合され、他のフッガー家系と共に陪臣化し、シュタンデスヘルとして存続しました。バーベンハウゼン家からは第二次世界大戦時のドイツ空軍少将レオポルド伯などの人物も輩出されています。この他にも、アントーンの次男の子孫であるフッガー・グレト家や、アントーンの兄ライモントの子孫であるフッガー・キルヒベルク＝ヴァイセンホルン家など、様々な家系が今日まで続いています。アントーンの息子ハンスの家系がかつて居城としたキルヒハイム宮殿は、現在も利用されています。
フッガー家の成功を支えた要因の一つに、先進的な会計技術があります。ヤーコプ・フッガーや、後にフッガー家の会計主任となるマッティウス・シュヴァルツは、当時最先端であったヴェネツィアで複式簿記を学び、これを事業経営に取り入れました。特にアントーンの時代には、1527年に本店と支店の取引を統合した会計諸表が作成されました。これは現代の連結財務諸表に相当する内容を含んでおり、当時の財産状況や期間損益を把握するために重要な役割を果たしました。フッガー家は、財産目録や貸借対照表を重視する独自の会計手法を発展させ、巨大な事業の管理に活用しました。会計主任シュヴァルツは、その知識を体系化し、簿記に関する著作を執筆しましたが、これは出版されずとも写本が現存しており、代理人簿記や損益計算の方法などが詳細に記されています。
また、フッガー家は文化や慈善活動にも貢献しました。有名な画家アルブレヒト・デューラーらを支援するパトロン活動を行ったほか、1516年にはヤーコプ・フッガーが貧しい市民のための集合住宅であるフッガーライを設立しました。これは世界最古の社会福祉住宅と言われており、現在も活動を続けています。このように、フッガー家は単なる経済活動にとどまらず、文化や社会にも影響を与えた一族でした。
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